第34話 バカみたいに

 この世界は、大陸は、平穏とはいえなかった。


 魔王ニグトダルクが従える魔物によって、人々の生活はおびやかされ、いくつかの国は滅びたという話を耳にした。

 そんな中、大陸のはずれの小国で、サンハイトは生を受けた。

 産まれたときから腰まで長く伸びていたという黄金の髪、そして絶えることなく振りまかれ続ける光の粒子。

 占い師はその奇異な特徴を、魔王の闇を打ち払う勇者の証だと告げた。魔王を討つまで、その光は止まらないと。

 サンハイトは希望の子として大事に育てられ、しかし他人の身を焼くその光ゆえに誰とも触れ合うこともできず、少年期を過ごした。

 その生まれ故郷は、巨大な六本足の獣によって焼き滅ぼされた。

 両親も、自力で突き止めた実母の墓も、何もかも。


 サンハイトは流浪した。

 身につけた魔法で魔物と戦いながら生き、その中で共に魔王を討とうとする同志も得た。


「痛快じゃないっスか。

 迫害された民の出身であるオイラが、魔王を倒して世界の英雄になったらって考えたら、楽しくて身ぶるいしちゃうっスよ」


 紫色の肌をした、少数民族出身の魔道士の青年。


「感謝しなさいよ! アンタたちがおもしろそうだと思ったから、あたしが協力してあげるんだからね!

 お嬢様扱いされて家の奥に引きこもるなんて、まっぴらごめんなのよ!」


 名家の箱入り娘ながら魔物と戦えるほど腕っぷしにすぐれた、巻き髪の格闘家の女性。


 勇者サンハイトは、三人で旅をした。

 旅をして、魔王ニグトダルクを目指した。

 魔王を討ち、その身に宿るいまいましい勇者の証を取り払うために。

 呪われた旅路ではあるが、この二人と共にいて、サンハイトの心臓は、高鳴っていた。




「……昼介くん。昼介くん」


 隣の夜々子に呼びかけられて、昼介はそちらに顔を向けた。

 昼介の髪色が、一瞬金色に染まりかけて、また戻った。

 昼介は、泣いていた。


「ああ、ごめん、夜々子。

 まだ思い出してる途中なのに、あいつらのこと、分かっちまって。

 俺は……」


 一度、首を振って。


「勇者サンハイトは、あの二人と一緒に、戦ってきたんだ。

 一緒に……それで……」


 話す昼介の手を、きゅっと握って、しかし夜々子も顔をこわばらせた。


「最後の戦い、ニグトダルクのところにサンハイトが来たとき、サンハイトは一人だった」


「ああ」


 昼介は視線を、前に戻してから言った。


「死んだ。二人とも、そこにたどり着く前の戦いで」


 夜々子はうつむいて、ぎゅっと口を結んだ。

 しばらくそうして、それでもそろそろと、言葉を吐き出した。


「わたし、ニグトダルクの生まれ変わりだから、そんな権利、ないかもしれないけど」


 ぽろぽろと、涙をこぼした。


「わたし、泣いていいかな。泣きたい。

 なんにもならなくても、ここで思いっきり、泣いていいかな」


「うん」


 昼介も、鼻をぐずりと鳴らした。


「ありがとう。泣いとくか。ここで二人で」


 二人はしばらく、泣いた。

 そうしてから、昼介は顔を上げた。


「ちょっと、寄り道していいか。

 見ておきたい記憶があるんだ」


「うん」


 景色が流れる。記憶は進む。




 青空。その下に草原。

 小さな花が咲き広がる。風がそよぐ。

 ただ広く。穏やかに。


「いやーいい場所っスねー! 心が洗われるっていうか!

 オイラちょっと向こうの方まで見てくるんで、お二人はごゆっくりー!」


「ちょっと! 勝手に何言ってんのよ!? ねぇ!?」


 紫肌の魔道士は、はしゃいで一人で走り去ってしまった。

 巻き髪の格闘家の隣で、サンハイトはため息をついた。


「まぁ、あいつが気ままなのはいつものことだ」


「そうだけどさぁ……」


 格闘家はサンハイトの隣で、しきりに巻き髪をいじっている。

 そうしながらちらちらとサンハイトを見上げて、ややあって問いかけてきた。


「アンタさぁ、勇者の証が消えた後、何をしたいとか考えてるの?」


「ん……」


 問われて、サンハイトは軽く首をかしげた。


「どうだろうな。消すことに必死で、その後のことは考えていなかった。

 ただ……この光のせいで、誰かと触れ合うことができなかったから、触れてみたいとは思う」


「そ、そう」


 格闘家は服のすそを直して、咳払いをして、それから胸を張ってみせた。


「しょうがないわね! そういうことなら、このあたしが第一号になってあげる!

 その光が消えたら、あたしが真っ先に手をつないで、そうね、そのときはまたこの草原に来て、手をつないだまま走り回ったりしてあげてもいいわね!

 感謝しなさいよ! こんな可憐なレディが手をつないであげるなんて、滅多にないことなんだからね!」


 息巻く巻き髪の格闘家を、サンハイトは首をかしげたまま見た。

 それから、ゆるりと笑ってみせた。


「ああ。いい提案だ。楽しみにしている」


 格闘家は、ボボッと顔を赤くした。


「アンタっ、普段朴念仁のくせに、なんでこんなときだけ素直なのよ!

 このバカ! 変態! スケベ!」


「なぜ俺は怒られている?」


 二人は騒ぐ。光の粒子は届かない、でもギリギリまで近い距離。

 その背中を、昼介と夜々子はながめていた。手をつないで。


「……サンハイトにも、こういう、恋の相手が、いたんだね」


「このときのサンハイトは、ピンと来てなかったけどな」


 昼介は苦笑した。

 そうしてから、サンハイトの背中に細めた目を向けた。


「結局、またこの草原に来ることは、なかった。

 だからせめて、生まれ変わりのおれが、思い出の中だけどさ、こうして好きな女を連れてきて手をつないでたら、なんか報われるかなって、サンハイトも」


「好きな女って……あの……」


 改めてそんな言われ方をして、夜々子は赤くなってしまった。

 昼介はその顔を見て、それから目をそらした。


「あー、ちょっとウソついた。

 本当はサンハイトとか関係なくて、ここがいい景色なの思い出したから、おれが夜々子と一緒に来たいなって思っただけ」


「もうっ!」


 照れくさくなって、夜々子は昼介にパンチした。

 昼介はへらへら笑って、だから夜々子はまたパンチして、でもつないだ手はぎゅっと握り続けた。


 心臓がドキドキする。

 さっき、夜々子は昼介の弱さを見たばかりで、昼介は夜々子よりも小柄なのに。

 夜々子が感じるのは、つないだ手のひらの大きさや、昼介の笑顔のあたたかさや、そんな大きなところばかりだ。

 バカみたいだと、夜々子は思う。

 バカになってしまったのは、昼介のせいだ。

 それがどうしようもなく、うれしい。

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