第33話 前世の記憶へ

 暗い闇。夢の中。

 あるのかどうかよく分からない真っ暗な地面に、昼介は降り立った。

 隣には夜々子も来ている。

 そして正面。手を伸ばして、呼び出す。

 以前確認した、魔法陣。


「夢をつなぐときみたいな感覚で、夢の空間を動かして、これを呼び出せたんだ。前世の記憶を思い出す魔法陣。

 今の強まった魔力なら、多分、これを発動させられると思う。

 前世のことを思い出して、そこから手がかりを探せば、状況をよくできるかもしれない」


 説明しながら、昼介の声はふるえた。

 見つめてくる夜々子の顔も、こわばっている。


「前に昼介くん、言ってた。前世の記憶を思い出して……でもどうなるか分からないって。

 もしかしたら、前世の影響がもっと強くなるかもしれない、んだよね」


 昼介は、固くうなずいた。


「できればもっと、確実にうまくいきそうな方法を考えたかった。

 でもこれだけ切羽詰まるまでに、思いつかなかった。ごめんな」


 謝られて、夜々子は首を振った。


「そんなことっ、わたしだって考えるって言ったのに思いつかなくて。

 でもわたしも、この方法、試してもいいって思うから、だから」


 昼介を信じる、そう言いかけて、夜々子は一度口をつぐんだ。

 目を閉じて、考えて、それから昼介をしっかりと見すえて、はっきりと言った。


「昼介くんと、一緒に頑張る。二人でやる。

 成功するのも失敗するのも二人の責任だし、二人で頑張って、成功させたい」


 最初のころ、昼介はなんと言ったか。

 二人でやると言った。自分たち二人にしか、できないことだと。

 昼介と、夜々子、二人で。


「二人で一緒に、頑張ろう」


 夜々子から昼介へ、手が差し出されて。


 昼介は少し、戸惑った。

 夜々子の手を見つめて、うつむいて、思い悩んで、それから意を決したように、話し始めた。


「今さらかもしれないけど、この機会だから……もうひとつだけ、言ってなかったことがあるんだ。

 おれたちの体から出てる炎と光。先に出始めたのは、おれの方かもしれない」


 夜々子の目は、真剣に昼介に向き合った。

 昼介は目を合わせられないまま、話し続けた。


「あの夜、指が動かなくなって、おれはちょっと……っていうかだいぶ……つらかった。

 その気持ちが、もしかしたら魔力に影響して……流れがおかしくなって……それで、ああなったのかも。

 光が出てきたその後で、夜々子の魔力が強まったのを感じた。から、そういう順番だったんだと思う。

 だから、夜々子が今こうなってるのは、きっとおれのせいなんだ。おれが先になって、それで高まった魔力に反応して、夜々子の魔力も暴走したんだと」


 話している途中で、鼻をつままれた。

 昼介は目を白黒させて、夜々子を見た。

 夜々子はちょっとだけ、怒った顔をしてみせた。


「わたしみたいなこと言わないでって、前に言った。

 悪いことは前世のせいにするって、言ったじゃん」


 夜々子はそれから、悲しそうな顔をした。


「それで、ごめん。つらかったのを言えなかったのは、わたしのせいだね。

 わたしがもっと強かったら、昼介くんがカッコつけて、わたしを安心させたりする必要、なかったから」


 そして夜々子は、笑ってみせた。


「だから、おあいこ。

 わたしも昼介くんもちょっと悪くて、でもすごく悪くなくて、それで、対等で。

 対等でいたい。対等がいい。

 図々しいかもしれないけど……ダメ、かな?」


 昼介よりも高い背を縮こまらせて、上目遣いのように昼介を見た。

 そんな様子を見せられて、昼介はもう、笑顔でため息をつくしかなかった。


「分かったよ。うん。そうだな。ありがとう。

 おれも夜々子と、対等でいたい」


 二人、笑い合って。

 気後れなく差し出された肌荒れだらけの手を、体格に比べて大きな手が、握った。


 昼介と夜々子は、魔法陣に向き直った。


「夜々子、手を離さないでくれ。

 何があるか分からないから、絶対に夜々子を守れるように、ずっと隣にいてほしいんだ」


「分かった。……本音は?」


「あー……おれも不安だからさ。

 手をつないでてもらえた方が、その、安心する」


「ふふっ」


 昼介は魔力を注いだ。

 高まった魔力は魔法陣の起動に十分で、そして複雑な魔法を動かす技術は、これまで欠かさず行ってきた魔法の練習でつちかわれていた。

 観音扉が開くように、魔法陣は空間を作り出して、昼介と夜々子はその中に――


…………


……




   ◆




 大理石のような石でできた真っ白い家は、大きくて、立派で、そして冷たかった。

 幼い少年は床に座り込んで、見上げて、こいねがった。


「お母さん……だっこ……」


 求められた人物は、困惑したように微笑んで、穏やかにさとした。


「ごめんね、サンハイト。だっこはできないの。

 分かるでしょう? あなたは他の子とは違う。

 勇者の証を持ったあなたには、誰だって気軽に触れることなんてできない。ね?」


 光の粒子を散らす、幼い少年は――のちに勇者として魔王を討つこととなるサンハイトは、たださみしげな顔で、母親を見上げた。

 長い長い金の髪が、床まで垂れ下がっていた。




 両親の部屋。

 母親は物憂げに鏡台に寄りかかって、後ろに座る父親へ声を投げかけた。


「サンハイトのこと、どうやったら、きちんと愛してあげられるのかしら。

 優しくしてあげたいけれど、私だってやっぱり怖い。

 を焼き殺しながら産まれた子供を、血のつながりもない私が、どうやったら」


 これは、サンハイトの記憶。

 この会話が記憶にあるのは、サンハイトが聞き耳を立てていたから。

 扉の隙間から、サンハイトは両親の姿を、声を、ただうかがっていた。


 その記憶を、昼介と夜々子は、ぎゅっと手をつないで見ていた。

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