第32話 夜はまだ明けない

 いまだ深夜。

 二人は寝袋から跳ね出て、気休めに転移阻害アンチワープをかけるが、それより早く魔法陣は現れた。

 六本足の犬、マウンテンイーター。大型犬ほどに大きい。

 ガラスのツバメ、フラッドロード。カラスくらいの大きさはある。


「夜々子よけろ! とにかくよけろーッ!!」


 昼介と夜々子が飛び退いた場所を、マウンテンイーターが吐いた炎が焼き払った。

 木々が燃え盛った。


「やべえっ、火事になるぞ……!」


 そう思うのも束の間、フラッドロードが洪水を呼び寄せた。

 火が消えてひと安心、なんて思っている余裕はない。山肌が流れる。下手したら土砂崩れだ。

 足を取られそうになって踏ん張った昼介の、足元から魔物が顔を出す。

 二頭二尾のムカデ、アースピーラー。人の腕ほどのサイズ。


「夜々子無事か! 夜々子ーッ!!」


 足への噛みつきをかわしながら、昼介は叫んだ。

 少し下った場所に、紫の炎が見える。

 光の粒子と紫の炎のおかげで、この暗闇でもお互いを見失わないが、それ以外の視界は悪い。

 魔物に距離を置かれたら厄介だ。


「こらえてくれよ夜々子……! 聖域サンクチュアリ!」


 光の壁が取り囲んで、昼介とムカデの魔物とを一対一にした。

 後退を封じられたムカデは、石くれをどんどん撃ち出してきた。

 昼介は光の剣を振る。残光が尾を引く。

 剣術なんて習ってない。でも魔法の練習はずっとしてきた。心細くても。

 強まった魔力を適切に使えれば、強力になった魔物たちにだって、遅れは取らない。


「まず一体!」


 二頭二尾のムカデ、両断!


 光の壁を消して、走り出そうとした昼介に火炎が浴びせられた。

 光の剣を振って、炎を切り払った。

 少し肌を焼かれたが、軽傷だ。光の粒子は、六本足の犬が吐き出す魔法の炎をも焼き飛ばしているらしい。


「夜々子っ……」


 声を上げて、探そうとして、見た。

 重力グラビティの魔法。ガラスのツバメが墜落する。

 夜々子だって、戦っている。一人で。

 そうできるための魔法の練習を、積み重ねてきた。二人で。


 戦いのさなかにもかかわらず、昼介は胸がぽかぽかするのを感じた。

 心強い。一人じゃないから。

 昼介と夜々子は、二人で頑張っているんだ。


「……じゃあ、乗り越えて帰れるよな! 夜々子!」


 光の剣が舞った。

 向こうで闇の炎がひるがえった。

 六本足の犬も、ガラスのツバメも撃破して煙になった。

 煙を透かして、昼介と夜々子は互いの姿と無事を確認した。

 そして、四体目の魔物も。


 名称、リナイトメア。

 自転する紫色のガス球体。

 精神をむしばむ毒の霧を放射し、終わりのない悪夢へと引きずり込む。

 大きさは変動するが、大人の身長くらいの直径が基本。今はサッカーボール大。

 魔王ニグトダルクが従える最強格の六体の魔物、その最後の一体。


 夜々子は、それを見上げた。

 昼介との中間にそれは現れ、ここは山の斜面で、夜々子が下側。

 ガス球体が噴き出す毒霧は斜面に沿って、夜々子の周りに満ちた。


「……っ!」


 急いで口をふさぐ。だがもう吸い込んでしまった。頭がくらくらする。


 幻覚。先日見た光景。夕奈那が魔物の攻撃にさらされる瞬間。

 幻覚。起こってほしくない可能性。昼介が魔物の攻撃をしのぎ切れず致命傷を負う姿。

 幻覚。避けたい未来。肥大化した魔物がこの世界で暴れ回り、関係のない人たちの日常が破壊される様子。

 幻覚。一番見たくない光景。夜々子の紫の炎が、昼介の光の粒子が、家族や友人や大切な人たちを傷つける光景。


「はあっ、はあッ」


 涙が出る。肌がかゆい。紫の炎の勢いが、強まる。

 落ち着かなければ……落ち着いて……


「夜々子ォ!!」


 ガス球体を切り裂いて、昼介が駆け寄ってきた。

 すぐそばまで来て、触れられないのがもどかしい。

 昼介は必死で声をかけた。


「夜々子落ち着け! 全部倒した!

 魔物はもう全部倒したし、ケガもねぇ! 大丈夫だ!」


「……違う……!」


 夜々子はふるえた。ふるえながら、転移阻害アンチワープの魔法をかけ直した。

 おびえているのは悪夢にではない。もっと、現実的な。


「魔物、まだ来る……!

 二匹……三匹? 違う、四匹……!?

 そんな、だってもう、そんなに魔物、いないはずなのに……!

 今、倒したばっかりのが……また来るの……!?」


 昼介は絶句した。

 そしてすぐに気を取り直し、考えた。


(即復活!? 今までそんなことなかった、何か違うことが起こってる!?

 魔力か!? 夜々子の魔力が強まって、それに影響されてる!?)


 夜々子の姿を見る。

 自身の体を抱いてふるえる夜々子からは、紫の炎がさっきまで以上に激しく燃えていた。

 それはまるで、リナイトメアの悪夢によって膨れ上がった不安感に呼応するように。


(くそっ、そのせいか!? やっぱりこの光と炎、おれたちの気分に影響されるのか……!)


 心当たりが、昼介にはあった。

 歯噛みして、自分の太ももを殴った。

 そうしながらも、考えることはやめない。


(落ち着いたら魔力の強さは元に戻るか?

 いや、ダメな気がする。おれの方も、夜々子につられてまた強くなった気がする)


 強まった魔力は、戻らないと考えた方がいい。

 ならすべきは、再度襲いくる魔物への対応。

 そして倒した魔物の即時の復活が起こりうるなら、ここから先もずっとそうなる可能性を考えた方がいい。


転移阻害アンチワープの魔法で時間をかせいでいる間に、なるべく体を休めて迎え打つ……

 ダメだ、意味がねえ。倒した魔物がすぐに来るなら、これからもう、何度やっつけても次の戦いがすぐ来ちまう)


 うつむいて、考え続ける。思考をめぐらせる。


転移阻害アンチワープを張り続ければ……おれだって夜々子ほどじゃないけど、使えるようになった。途切れないように連続で魔法を使って、交代で休めば……)


 そう思ってから、夜々子に目を向ける。

 じくりと、胸が痛んだ気がした。


(ダメだ。今の持続時間じゃ、一人が寝てる間はもう一人は寝ずの番になる。

 そんなの……ずっとそばにいるのに、夢の中と外、そのどっちでも会話すらできなくなるような状況なんて……)


 ほとんど意識せず、奥歯を噛みしめていた。


(……きっと、耐えられない)


 そして昼介は、噛みしめたあごをほどいた。


「夜々子」


 呼びかけられて、夜々子は昼介の顔を見上げた。

 坂の上にいて、見下ろす形になっている昼介の顔は、青白いほどに張り詰めていた。


「ひとつ……今すぐ試せることがある」


 手段は以前に確認した。

 それを実行する魔力は、今なら、きっとある。

 ただ、結果は読めない。

 最悪の状況に転がる可能性だってあるが、それでも。


「前世の記憶を、思い出しに行く」


 夜々子の顔も緊迫するのを、昼介は見た。


 夜はまだ明けない。転移阻害アンチワープもまだ切れない。

 もう一度くらい、夢を見る時間は、ある。

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