第31話 夜と昼を越えて
夜が来て、朝が来る。
家族に連絡をして、夕奈那が来て帰る。
昼になる。
「おれの髪の毛とかもさぁ、前世の影響を受けてるかもしれないよな」
不意に昼介がそんなことを言って、夜々子はきょとんとした。
昼介は説明を続けた。
「いやさ、サンハイトって自分の状況が不満で、それをなんとかするために魔王を倒したがってたわけでさ。
つまり元々の自分がイヤで、だから生まれ変わって、今までと真逆の見た目になったかもって」
心なしか早口の昼介を、夜々子はぼやんとした目で見た。
「えっと、つまり、もし昼介くんがサンハイトの生まれ変わりじゃなかったら、本当はくせ毛じゃなかったかもってこと?」
「や、別におれもサラサラヘアーにあこがれてるとか背ぇ高くなりたいとかそんなんじゃないけどな?
ただもしかしたらそうかもしれなかったってだけで」
「昼介くんがサラサラヘアー……」
夜々子、昼介を見つめて、しばらく沈黙して。
「ぶふっ」
「!?」
慌てて口を押さえた夜々子を、昼介は目を丸くして、じっと見た。
「え? 夜々子? 笑った?
サラサラロングストレート八頭身のおれを想像して、笑った?」
「わっ、笑ってない、笑ってないっ……」
口を押さえてぷるぷるする夜々子を、昼介はぽかんと口を開けて見つめた。
それからおもむろに、自分の後頭部に魔法陣を出して、光の剣をぶら下げた。
「ホーリーサラサラロングヘアー」
「ぶふーっ!?」
夜が来て、朝が来る。
家族に連絡をして、夕奈那が来て帰る。
昼になる。
「夜々子、戻ってくるヨーヨーを怖がってたら、ループできないぞ」
「そう言われてもっ、これ、けっこう怖いよ……!」
ヨーヨーの練習をする。
夜々子の手から、ヨーヨーが飛び回る。
夜が来て、朝が来る。
家族に連絡をして、夕奈那が来て帰る。
昼になる。
「え!? ヒナちゃんとフジサワくん付き合い始めたの!?」
「は!? ケイタと!? あいつらいつの間に!?」
「わたしたちの応援してるうちに仲良くなったんだって……」
「はーマジか……おれらそんなとこまで影響してるのかよ……」
スマホにクラスメートから連絡が来て、いつの間にかカップルが成立していたことを知ったり。
夜が来て、朝が来る。
家族に連絡をして、夕奈那が来て帰る。
昼になる。
そしてまた、夜になる。
繰り返す。
「んじゃ、また夢で」
「うん」
寝袋に入って、少し間を空けて並んで、横になる。
星空を見上げながら、夜々子はぼうっと考えた。
今日もまた、魔法の練習をして、ごはんを食べて、一緒に過ごした。
夢の中でも、昼介と会える。
それは悪くない日々で、楽しさも感じていた。
ただ、いつまで続くのか。終わりは来るのか。
この光と炎を消して、前と同じ日常に戻るには、どうすればいいのか。
その答えは、まだ見つからない。
少しだけ、考え込んで、寝そびれてしまった。
夜はふけて、いつもなら寝ている時間で。
「……ぐすっ……」
隣から聞こえたその声は、鼻をすする音は、きっと聞こえちゃいけないものだった。
夜々子の心が、高所から落ちたときのように冷え込んだ。
夜々子がこれまで笑い続けていられたのは、昼介がいたからだ。
どんなに絶望を感じても、昼介が隣で、昼も、夜も、笑い続けてくれたからだ。
では、昼介は?
夜々子と同様に、それ以上に日常が壊れてしまって、それなのに起きているときも、眠っているときも、笑顔を向け続けてくれた。
そこに無理がないと、どうして思っていたのだろう。
心の底から笑えていると、どうして信じていられたのだろう。
夜々子の心が渦を巻いたまま、夜は深まる。
夢のとばりが、降りていく。
◆
暗い闇。夢の中。
果ての見えない黒。
「夜々子ごめん、待ったか?
寝つくまでちょっと時間かかっちまってさー」
呼びかけてきた昼介に、夜々子は振り向いた。
「ううん。わたしも、今来たとこ」
その目は、真剣に昼介を見つめて。
「今、来たとこ」
昼介は、その顔を見て固まった。
夜々子は言外に、ついさっきまで起きていたと伝えている。
そして、だから知ってしまったと。
夜々子が一歩歩み寄って、昼介は反射的に下がりかけて、思い直してとどまり、まっすぐに向き直った。
夜々子は悲しそうな、くやしそうな顔をした。
「怒ったらいいのか、泣いたらいいのか、わたし、考えてた。
でも本当に言いたいのは、そんなことじゃなくてさ」
夜々子は抱きついた。
昼介の、自分よりも背の低い体を、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめん……! つらいって言わせてあげられなくて、ごめんね……!
わたし、昼介くんが笑ってくれるから、すごく頼もしくて、安心して、だから昼介くん、つらいって言えなかったんだよね……!
ごめん……! 私が弱いから、ごめん……!」
昼介はとまどって、両手が所在なさげにふらふらと宙に浮いて、それから夜々子の背中を遠慮がちに抱きしめた。
夜々子の、自分よりも背の高いほっぺたに、おでこをそっと押しつけた。
「そんな、おれそこまで、考えてなくて……
ただ、夜々子にカッコつけたいっていうか、だって泣いたら、カッコ悪いし……」
くちびるが、少しふるえた。
「でもやっぱ、ヨーヨーやりたいって……帰りたいって……!
思っちゃったらさぁ……! 我慢できないじゃんさぁ……!」
「我慢しなくていいんだよぉ……!」
泣いていた。
昼介も夜々子も。
「わたしだってっ、泣きたく、泣きたくなるからさぁっ……!
一緒に泣いてよ……! 泣いてくれたって、いいじゃんかぁっ……!」
「だってさぁ……! おれっ、夜々子の彼氏で、カッコつけたいじゃんさぁ……!」
「いいんだよぉそんなのっ、昼介くんいつもかっこいいんだからさぁ……!
弱いとこ見せてくれたっていいじゃん、わたし彼女なんだからさぁ……!」
泣いた。
泣き続けた。
二人一緒に。
「……帰りたいよな」
「うん」
「頑張ろう。帰れるように」
「うん」
泣き疲れて、夢の中なのに眠くって、二人背中合わせに座り込んだ。
昼介は背中にぬくもりを感じながら、ぽつりぽつり、つぶやいた。
「ひとつ……言ってなくて……言わなきゃいけない、ことがあって……」
そのつぶやきが、途切れた。
背中越しに、夜々子の空気が変わったのに気づいたからだ。
「うそでしょ……魔物……今から……!?」
昼介は緊迫して振り返った。
夜々子は両腕を抱きしめて、思わず肌に爪を立てた。
「二匹……三……まさか、四匹!?
急いで……急いで起きなきゃ……!」
気持ちを切り替えるヒマもない。
二人の意識は、急速に覚醒した。
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