第四章 前世を超えろ!

第28話 必ず帰る

 コンビニ深夜バイト三年目・南条河原なんじょうがわら豪一郎ごういちろう(大学三年生彼女なし柔道部兼スイーツ研究部)は、店内から夜明けに白む空をながめた。

 朝日を浴びる生活は健康的だ。この空を見ると、無条件にすがすがしい気分になる。実際には夜勤明けだけれど。

 南条河原豪一郎は満足して、レジの裏でスマホを取り出してサボりを決め込んだ。それなりに広い道に面してはいるものの、裏手をしばらく行けば山になるこんな立地で、こんな時間に客なんて来ない。


 自動ドア。入店を知らせるジングル。


 つい出かかった舌打ちを抑えて、南条河原豪一郎はらっしゃーせーと入り口を見て、そしてぎょっとした。


 小学生か中学生くらいの、小柄な少年。

 もじゃもじゃのくせ毛の。

 そんなことより目を引くのは、少年の全身から光の粒子が振りまかれて、きらきらと輝いていることだった。


「あの、おれ、白木昼介っていいます」


 少年はおもむろに、自己紹介した。


「この光ってるの、おれには害はないけど、他の人が触るとケガするんで、あんまり近づかないようにします。

 で、今ちょっと家出してて、親とは連絡取るし帰れるようになったら帰るんすけど、万一帰れなくて警察とかが探しに来たら、ここに来たって言ってください。

 あともう一人、黒井夜々子って女子も、一緒にいます」


 南条河原豪一郎はよく分からないまま、とりあえずうなずいた。

 少年は食べ物や飲み物や雑貨を買い込んで、礼儀正しく一礼して退店した。

 きらきら散った光の粒子は、床に落ちるごとに跡形もなく消えて、なんの痕跡も残らなかった。


 南条河原豪一郎は、しばらくぼうぜんとした。

 そしてスマホを取り出して、サボりを再開した。




   ◆




 コンビニの裏手に回って林に入って、昼介は声をかけた。


「夜々子、買ってきたぞ。

 おにぎりにパンに水に、あといろいろ、頼まれたものも」


「あ、ありがとう……」


 木陰から、こそりと夜々子は顔を出した。

 体からはずっと紫の炎が出続けて、服はパジャマからTシャツに着替えて、そして胸のあたりを握りしめて、なんだかもじもじしていた。


「夜々子、どうした?」


「だって、だって……!」


 夜々子は赤面して、絞り出すように言い放った。


「こんな、付き合い始めてこんなすぐに、彼シャツイベントが来ると思わないじゃん……!!」


「彼シャツ?」


 夜々子はパジャマ姿のまま、着替えも持たずに家を出たわけで。

 そのまま歩き続けるのはなんなので着替えようとなったら、昼介の着替えを借りるしかないわけで。

 そうして着替えた状況を彼シャツと表現する程度の語彙ごいが、夜々子にはあった。


「よく分かんねーけど、ひとまず朝メシ食おーぜ。

 どれがいい? ここに置いてくよ」


 お互いに光と炎でケガをしない距離を保って、地面にビニール袋を敷いて食べ物を置いて。


「あの、昼介くん、ごはんよりもまず、頼んだの、もらってもいい……?」


「絆創膏? 買ってきたけど、すぐ使うのか?

 ケガしてんなら、おれが手当て……は無理か、触れないもんな」


「そうじゃなくて……!」


 きょとんと首をかしげる昼介に対して、夜々子は一向に木の陰から出てこなくて、手はずっと胸元のあたりを押さえていて。

 夜々子はぷるぷるふるえて、顔を真っ赤にして、涙目で怒鳴った。


「だって、だって仕方ないじゃん!!

 寝るときはいつもつけてないんだから!!

 昼介くんのバカ!! 変態!! えっち!!」


「今のなんかおれが悪い流れだったか!?」


 よく分からないまま絆創膏を置いて、夜々子はそれを引ったくって、昼介から見えない林の奥に引っ込んでいった。絶対に見ないでよって言い残して。

 昼介は一人、ぽかんと取り残されて、ひとまず先に朝ごはんをどれにするか考えた。




 朝ごはんを済ませて、昼介、電話。


「あ、母さん……そう、ちょっと出かけてて……

 家出、まあ家出なんだけど、うちに不満があるとかじゃなくて、ちょっとトラブル? っていうのか……

 や、犯罪とか悪いことはしてなくて……や、でもすぐには帰れない……いやそういうのじゃねーよ!?

 いや夜々子いるけど……てかおれ付き合い始めたこと母さんに言ってないよな!? なんなら夜々子の名前も教えたことないよな!?」


 その横で、夜々子も電話。


「うん、心配かけてごめん……あの、家出は家出なんだけど、ちゃんと毎日連絡するから……

 あの、お父さん、もう仕事行く時間じゃ……

 えっと、いるけど、あぅぅ、なんでみんな付き合ってること知ってるの……」


 なんとか通話を終えて、二人そろって、盛大にぐったりとした。


「めっちゃしんどいなこれ……」


「心配するの分かるけどね……説明しづらいから困るよね……あっ」


 着信。昼介の方だ。

 出る。


『ちょっと昼介くんどういう状況!? ややちゃんそこにいるのよね!?

 そりゃ説明は後でいいってアタシ言ったよ!? 言ったけど帰ってくるまで後回しにされたらさすがにたまんないよ!?

 てか前のデートのときもそうだったけどアタシなんも説明されないこと多くない!? 泣くよ!? マジ泣きするよ!?』


「おわっ!?」


 スピーカーに切り替えたのかと思うほど大声量でまくし立ててくる。青山夕奈那だ。


『昨日のアレ関連!? アレ関連なのよね!?

 あんたら何と戦ってんの!? 今もなんか戦ってんの!?』


「ちょちょちょ、ゆななん先輩、落ち着いて」


 耳に当ててるとあんまりうるさいので、いっそスピーカーに切り替えてスマホを置いた。

 これなら夜々子も通話に参加できる。


「あの、ゆななん、大丈夫だよ。

 大丈夫じゃないけど……今すぐピンチってわけじゃないから、ちゃんと帰るつもりだから」


『ややちゃんっ……! あーもう今すぐ顔見てぎゅってしたいけどさー、信じるからね!? ちゃんと帰るって信じるからね!?

 なんか困ったこととかない!? やってほしいこととか!!』


「えっと、着替えを持ってき忘れたこととか……あの、でも、大丈夫だよ」


『大丈夫じゃなーい!! えっややちゃん着替えがないってどうしてるの!?

 まさか昼介くんと二人っきりで裸で過ごしてるとか、アタシそんなハレンチなこと許しませんよ!?』


「しないよそんなの!? ゆななんの頭の中でわたしたちどうなってるの!?」


「ゆななん先輩、話があさっての方向に飛びまくってんで……」


 なだめすかして、絶対に無事に帰ると言い含めて、落ち着かせて。


『……とりあえず、なんかファンタジーなことやってるってだけ理解しとく。

 アタシがそれについて手出しできることなんてないんだろうけど、せめて心配くらいはさせて』


「すんませんっす、ゆななん先輩」


「ありがとうね、ゆななん。昨日は巻き込んじゃってごめんね」


『昼介くん、ややちゃんをしっかり守ってね』


「もちろんっす」


『ややちゃん、昼介くんのこと、支えてあげるんだよ』


「……うん。分かった」


 それから二言三言言葉を交わして、通話を終わった。


 しばらく昼介と夜々子、座ったまま沈黙して。

 それから昼介は、勢いよく立ち上がった。


「……っし! 頑張るか!

 絶対帰れるように、解決策を見つけるぞ!」


「うん!」


 夜々子も立ち上がって、荷物を整理して。


「明るくなっちまったし、人目につかないようもうちょっと山の方に行こう。

 あんまり道から外れると迷うから、ほどほどに」


「イノシシとか出ないかな」


「おれらこんだけ光って燃えてるし、いても警戒して近寄ってこないんじゃねーかな。

 木を触っても燃えないみたいだけど、動物は燃えるのかな? 確認しとかないとな」


 二人並んで、奥へと歩く。

 最後に必ず帰るために。

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