第26話 また明日って伝え合う

 夜。夜々子。自室。一人きり。

 あれから何を話して、どうやって帰ってきたか、夜々子は覚えているけれど、なんだか現実感がなかった。

 昼介の言葉が、思い返される。


『鉛筆は……持てなくはないな。

 はしも、やってやれないことはない。

 でもヨーヨーは、ダメだ、中指に力が入らないと、うまく扱えない』


 動かなくなった中指。

 強い魔法を使った反動だろうと、昼介は言った。

 いつまで動かないのか。そのうち治るのか。

 それとも……このままずっと、治らないのか。


「そんなの、やだよ」


 机に突っ伏す。

 涙が出そうな気がしたけれど、出なかった。

 スマホに着信。昼介。

 出る。夜々子の方は大丈夫か、そんな確認がまずあって。


『中指は、まだ動かない。

 家族にはとりあえず、指を痛めちまったって言ってある。隠しててもバレそうだし。

 それでもずっと動かなかったら、そのうち気づかれそうだけどな』


 夜々子はうまく返事ができない。


『ゆななん先輩は……』


 聞かれて、夜々子は泣きそうになって、それでもやっぱり涙は出ない。


 魔物の毒にやられた夕奈那は、昼介の魔法で回復し、後遺症などなく目を覚ました。

 問題は魔物などのことをどう説明するかで、昼間は昼介の指のことも含めて、何も説明しなかった。

 夜々子が取り乱していたから、まずは帰って休もうと昼介が提案したのだ。


「ゆななんは帰ってからも、何も聞いてきてないよ。

 すごく気にしてたふうだったけど……きっとわたしを、気遣って、それで何も……」


 そこで夜々子の目から、涙があふれて来た。

 気遣われている。夜々子が一番、なんの被害も受けていないのに。

 傷ついたのは夕奈那と昼介で、そもそもこの状況は、夜々子が――


『夜々子』


 電話口から、昼介のくっきりとした声。


『魔物や前世にかかわることは、おれたち二人の問題だけど。

 おれたちが落ち込んだり悲しんだりしてるときに、それをはげまそうとか元気づけようって思うのは、おれたち二人だけじゃないんだぜ。

 心強いよな? おれたちは、二人っきりで頑張ってるわけじゃないんだ』


 声が、夜々子の耳から、体の中へ落ちてゆく感触がする。

 顔は見えなくても、昼介はきっと、笑顔を向けてくれている。


『だからさ、夜々子。まずは夜々子は、おれをはげましてくれないか?

 指はきっとさ、なんとかなるって思ってて、たぶん魔力のコントロールがもっとうまくなれば、それこそ緊急治癒リザレクションが完璧に使えれば、治せる気はするんだけどさ。

 でもやっぱ、へこたれてないわけじゃないからさ。

 夜々子の声を聞ければ、おれ、いくらでも頑張れるから』


 ちょっとだけ、間を開けて。


『だって、それだけ夜々子のこと……好きだから』


 言われて、じんわりと胸が熱くなって、それは顔に上がってきて、真っ赤に発熱させた。

 夜々子はしどろもどろに尋ねた。


「なんで、昼介くん、いつもそういうの、恥ずかしがらずに言えるの?」


『別に、恥ずかしがってねーわけじゃねーよ』


 照れているのか、少しぶっきらぼうな口調で、昼介は言った。


『けどさ。言いたいって思ったから、必要だって思ったから、勇気を出して、言うんだよ。

 夜々子はどうなんだ? おれのこと、好きか?』


 尋ねられた。

 尋ねられて、夜々子はますます、紅潮した。

 でも、考えてみたら、どうだろう。

 気持ちは疑いようもないけれど、夜々子はそれを、昼介みたいに、きちんと言葉にできているだろうか。


「……うん。わたしだって。

 わたしは、昼介くんが、好き」


 しばらく、間が空いて。

 心臓がドキドキしているうちに、昼介から、声が返ってきた。


『……ありがとう。うれしい』


 顔はまだほてるけれど、その表情はゆるやかに笑顔になって。

 悲しくて目に溜まっていた冷たい涙は、温かくなって、表情筋に押されてこぼれた。


 電話口の向こう、昼介。自室。

 昼介は通話はそのままにしながら、夕奈那から来たメッセージを、また開いて読み直した。


『いろいろ聞きたいことあるけどアタシは後回しでいいから』

『まずはややちゃんを全力でサポート!!』

『頼んだよ!!!アタシなんもわからんから!!!!!』


 昼介は一度、目を閉じて、しばらく思案して。

 目を開けて、スマホをまた耳に当てて、しゃべった。


「今日はひとまず、ゆっくり休もう。

 ゆななん先輩にどう説明するとか、いろんなことは、また明日考えようぜ」


『うん。あ、あの』


 通話を終わろうとしたところで、夜々子から声がかかった。


『好き』


 不意打ちで言われて、昼介は面食らって、そしてどぎまぎした。


「おまっ、急に言われると、これ……だいぶ、ドキドキするな」


『だって、いつも昼介くん、わたしをドキドキさせるから。

 わたし、いつもこんな感じなんだよって、教えたくて』


「おぅ……そうか、こんな感じなのか」


 昼介、赤面して、しばらく思案して。


「悪くないな」


『ばか』


 二人、照れて、笑い合って。

 また明日と伝え合って、通話を終わった。


 昼介は席を立って、振り返った。

 部屋の反対側で、弟はヘッドホンをしてゲームをしている。

 ちらりと時計を見て、もう寝るぞと一応声をかけて、二段ベッドを上がった。

 部屋の電気を消すと、弟は器用に卓上ライトだけつけて、ゲームを続けた。


 また明日。

 それはいつだって、必ず来る。

 どんな形でも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る