第25話 幸せの終わり

 木の枝でできたニワトリ、雷雲と竜巻を呼び寄せる者、コーリングスカイ。

 ガラス細工のツバメ、洪水を支配する者、フラッドロード。

 以前戦ったときよりも大きくなって、能力も強くなっている。

 三体目の出現は、転移阻害アンチワープでなんとか遅らせられた。


「これ、クッソめんどいな……!」


 橋の下、聖域サンクチュアリの魔法陣による光の壁の中で、昼介は毒づいた。

 昼介も、その横で息が上がっている夜々子も、全身びしょ濡れだ。

 コーリングスカイの竜巻とフラッドロードの大波が合わさって、動きが大きく制限された。

 すぐ隣に川があるのもあって、ヘタを踏めばおぼれかねない。


「夜々子、まずは動きの遅いコーリングスカイから倒そう!

 突っ込んで聖剣ホーリーソードを当てれば倒せる!」


「分かったけど、こんな暴風雨みたいな状況でやれるの?」


「やる!」


 昼介は言い切って、夜々子の手を握った。

 思わず息を呑んだ夜々子の顔を、昼介はまっすぐ見つめて、言った。


「おれが道を作る。

 夜々子の手は、絶対に離さない」


 圧倒されて、夜々子はただ、黙ってうなずいた。

 昼介もうなずいて、説明を続けた。


聖剣ホーリーソードで雨風を切り裂きながら突撃する。

 聖域サンクチュアリを消すのと同時に走り出すから、夜々子はそれと一緒に闇焔ダークフレアを出して風よけと目くらましにしてくれ。

 くっついてた方が危なくないから、怖いかもしれないけどついてきてくれな」


「分かった。大丈夫、怖くないよ、昼介くんと一緒なら」


 夜々子はまっすぐに見返した。

 昼介は笑って、それからはにかむように、目をそらした。


「や、ちょっとウソついた。

 くっついててほしいのは、その方がおれが頑張れるから」


 二人して、お互いに照れて。


 暴風雨が叩く光の壁の外を、二人は見た。

 荒れた景色の向こう、見づらいが、木の枝のニワトリの姿は、確かにある。

 昼介は一度深呼吸して、左手で夜々子の右手をしっかり握って、カウントした。


「行くぞ。三、二、一……ゴー!」


 壁が消えると同時に、二人は走り出した。

 闇の炎が雨風を押し上げる。剣が切る。道をひらく。

 すべてを切り裂く光の剣が、雨も風も闇の炎も割り広げて、二人の道を切り拓いていく。

 二人は寄り添う。離れない。

 つないだ手から、互いの心臓のドキドキが伝わるようだ。

 木の枝の魔物は突撃してきた敵に対応しようとしたようだが、遅い。

 昼介の振った光の剣が、ケーキを切り崩すように造作なく、魔物を両断して煙にした。


「……よし! でもまだだ!」


 昼介は、そして夜々子も油断せず、振り返った。

 まだ残る、ガラスのツバメ、だけではない。

 魔法陣。三体目。出現する。

 クラゲをかぶったハチ、病魔で満たす者、イルフルフライ。


(毒……!

 こいつはどこまで強くなってる!? ヤバいか!?)


 前に戦ったときは、かゆくなる程度で済んだ。

 今回はどうか。致命的なレベルまで強くなっているか。


「夜々子! イルフルフライには絶対に刺されないよう気をつけるぞ!」


「うん!」


 魔物二体が飛んでくる。大波と毒の触手。

 かわしきるのは厳しい。夜々子が動いた。


重力グラビティ!」


 地面に生じた魔法陣が、その上を飛ぶ二体の魔物を重くした。

 練度の低い魔法では地面に落とすまではいかなかったが、明確に体勢は崩せた。


「ナイスだ夜々子!」


 昼介は飛びかかった。近い位置にいるガラスのツバメ。

 苦しまぎれに呼び寄せられた大波に飲まれながらも、光の剣は的確にツバメにとどめを刺した。


「わぷっ!」


「昼介くん!?」


 昼介は押し流された。橋の下から外側へ。

 真上からの太陽光がまぶしい。そして。


「昼介くん!? 何やってんの!?」


「えっ、ゆななん先輩!?」


 昼介が見上げた先、土手から下りてくる途中の、青山夕奈那。

 状況を理解する間もなく、昼介と夕奈那と、それから橋の下の夜々子、その三名の中心に、クラゲをかぶったハチは位置取った。


 このときの最適な行動はなんだったろう。

 後から思い返せば、いくらでも正解らしき選択肢は思い浮かぶ。

 たとえば、昼介は夕奈那の方に近づいて守り、夜々子は自分で守るのに任せるなど。

 事実として、このとき夜々子は、自分に来る触手を炎の魔法で焼き払うことに成功した。

 思い返して、こうすればよかったと言うのは簡単だけれど。

 現実には、そうはならなかった。


 昼介はイルフルフライ本体に突撃した。

 全方位に伸ばされる触手を、すべて切り飛ばすなんて無理だ。

 なら相手の攻撃より早く、本体を倒すしか。


 触手。来る。かわす。切り飛ばす。

 本体に到達。光の剣。突き刺す。魔物、絶命、煙に変わる。

 そしてそれは、ほんの少しだけ遅かった。


「ごぼっ……」


 昼介は見上げた。

 土手、階段。夕奈那がくずおれて、血の泡を吹くのが見えた。

 煙に変わる寸前の触手の毒針が、首に刺さっていた。

 何も知らない夕奈那に、よけろというのは酷な話だっただろう。


(ウソだろ、おい)


 昼介は走った。夕奈那の元へ。

 後ろで夜々子の悲鳴らしき声が聞こえた。

 夕奈那は倒れゆく。昼介は走る。

 走りながら考える。治癒ヒールの魔法で足りるか。間に合うか。


(やめてくれよ)


 走る。

 もし間に合わなかったら。助けられなかったら。

 夜々子が泣く。だけじゃない。

 にじんだ視界で、昼介はがむしゃらに走った。


(おれたちのせいで、誰かが死ぬなんて!

 ダメだろ!! そんなの!!)


 手を伸ばす。

 魔力を極限まで練り上げる。

 構築する。魔法陣。指先へ。

 倒れる寸前の夕奈那の体に、昼介の右手の中指が、触れた。


緊急治癒リザレクション!!」


 しびれるような感触とともに、指から魔法陣が放出されて。

 昼介の意識は、そこで途切れた。




   ◆




 橋の裏を見上げている状態だと、ぼんやりと気づいた。

 仰向けに寝ている、らしい。

 意識はまだはっきりとしないけれど、日陰の具合が変わっていて、時間が経過しているのが分かった。


 昼介は、視線を横に動かした。

 隣で泣きじゃくっていた夜々子が、目覚めに気づいて飛びついてきた。


「昼介くん、よかった、目が覚め、よかったっ……!

 魔力が変なふうになって、死んじゃったみたいに気絶して、このまま起きなかったらどうしようかって……!」


「夜々子……ケガないか?

 あとゆななん先輩は……」


 問われて、夜々子はくしゃくしゃに泣き笑いした。


「昼介くんが一番大変だったんだよぅ……!

 ゆななんは魔法が効いて、まだ寝てるけどちゃんと治って、わたしもケガもなんにもないよ……!

 昼介くんがどうなるか分かんなくて、救急車呼ぼうかと思ったけどっ、でもなんて説明すればいいか分かんないし、だから日陰に連れてきて、お水買ってきたりとか、それくらいしかできなくて、本当っ、本当によかったぁ……!」


 泣きじゃくる。

 昼介は目線を動かして、夜々子の向こうの隣を見た。

 夕奈那も同じように横になって、規則正しい寝息を立てている。

 魔法の回復が間に合った、ということだ。


「よかった……」


 安心して息を吐いて、そうしたら夜々子が怒った。


「よくないよ! 昼介くん死んだかと思ったんだから!

 そうしたらわたし、わたしぃっ……!」


 なお泣きじゃくる。

 昼介は苦笑して、ごめんなと言った。

 夜々子はぐじゅぐじゅの顔のまま、思い出したように、横の地面のものを拾い上げた。


「そうだこれ、ヨーヨー、波に流されたとき、ポケットから落ちたよ。

 傷とかついてないと思うけど、わたし分かんないから……」


 昼介はそちらに目をやって、受け取ろうと、まず体を起こすために地面に手をついた。


 右手に、違和感。


 ぴくりと固まって、昼介は右手を顔の前に持ってきた。

 ヨーヨーを差し出そうとした夜々子が、不思議そうに昼介を見つめた。

 昼介は右手を見たまま、ぼうぜんと、つぶやいた。


「中指が……動かねえ?」


 ひゅっ、と聞こえた音が、自分が息を呑んだ音だと気づくのに、夜々子はしばらく時間がかかった。

 夜々子の手が、ヨーヨーを取り落として、転がった。

 糸がだらりと地面に伸びて、先端の輪っかが、昼介の方を向いていた。

 そこに通されるべき中指を、待ちわびるように。

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