第24話 幸せの始まりと終わりの始まり

 光。日差し。

 太陽はもう高くなり始めていて、カーテンが開けられていた。

 昼介はゆるゆると、目を覚ました。

 視界の端、枕の横、がらくたの山、ヨーヨーやら大会の記念品やら、そのてっぺんに意識が行く。

 折り紙の花。金色の。一輪だけ。微妙にくしゃっとした。

 昨日、夜々子が折ってくれたものだ。お礼と言って。

 お礼。花束のお礼。……告白のお礼。


「なったんだなぁ……恋人に」


 しみじみと漏らして、思いをはせて。


「……ぅううう、ッうおーーーー!!」


「兄ちゃん、うるさい」


 朝から絶賛ゲーム中の弟が、二段ベッドの外からツッコんだ。

 今日から、夏休み。




   ◆




「お、はよ、う、昼介、くん」


「いくらなんでも緊張しすぎじゃね?」


 いつもの河原の橋の下に向かう、途中の道。

 夜々子はガッチガチに緊張して現れた。


「そりゃ、恋人になって、おれもちょっとは浮かれてるけどさぁ……

 夜々子はちょっと極端すぎだろ」


「昼介くん、Tシャツ裏返し」


「ああっ!?」


 昼介は慌てて、夜々子が見ているのも忘れて上半身裸になって着直した。

 夜々子は顔を真っ赤にして、両手で覆った。


「やっぱ、緊張してるな、うん、仕方ねーな、これは」


「うん、これもう、仕方ないね、そうだよね」


 二人してガッチガチのまま、橋まで歩く。

 セミの声はうるさく、日差しは午前中でももう熱い。

 あっという間に汗が噴き出して、途中でコンビニに寄ってアイスを買った。

 体がほてるのは、夏の暑さだけではない気がするけれど。


「夏休みに入って、結局いつも通り魔法の練習ってのもパッとしないけどなー」


「でも、強くならないとだもんね」


 コンビニの軒先で、二人並んで棒つきアイスをかじる。

 夏の貴重な日陰の面積は、日が高くなるごとに狭くなる。


「まあ、不安はあるけど、そればっかりじゃなくてちゃんと夏休みも満喫したいよな。

 またヨーヨーの大会もあるし、それに」


 口にアイスをくわえて、右手はヨーヨーをぶら下げて、ちょこちょこと技を繰り出した。

 それから、ちょっと目をそらして。


「せっかく恋人になったんだし……」


 昼介がそう言って照れた顔をするものだから、夜々子もボッと赤くなった。


「そ、そうだよね、恋人になったんだし、もっと、なんか、恋人らしいこと、したいよね」


「恋人らしいこと……」


 ふと、昼介は神妙になって、顔を向けた。


「恋人って、何してるんだ?」


 しばらく、夜々子、沈黙して。


「デートとか……」


「したよな」


「キス、とか……」


「したよな」


 神妙な顔のまま、昼介は大発見みたいな表情をして言った。


「おれたち、前から付き合ってるのと変わらないことしてね?」


 ずがびんと、夜々子は衝撃を受けた。


「や、でも、でも、恋人ってなんかこう、もっといろんなことやるっていうか……」


 言って、夜々子は想像して、目をぐるぐるさせて、顔を真っ赤にした。


「わたしたち中学生だから!! まだそういうことしないから!!

 昼介くんのえっち!!」


「いややらねーよおれだって!?

 そういうこと言いたいんじゃなくて、デートとかキスとか特別なことだったのがこれから当たり前になるんだろうなって話で!!」


「あ、当たり前……」


 夜々子は想像して、頭から蒸気を噴きそうなほど赤面した。


「むり、無理無理無理……そんな、おはようでチューしてデートでチューしておやすみでチューして、毎日チューの朝昼晩とか、わたし死んじゃう……!」


「そこまでしろっておれは言ってねーからな!?

 一日一回やりゃ十分だよ!!」


 言われて、夜々子は硬直して。


「一回……え、一回する? 今日? え、今から?」


「や、」


 問われて、昼介も硬直して。


「別に今からとは……や、でも、そりゃしたらうれしいけど……」


 そう返ってきて、夜々子はゆで上がりそうなくらい真っ赤になった。


「え、待って、待って、今? 今から?

 ちょっと、待って、リップクリーム、あとそれから、待って待って」


「別にマジで今すぐじゃなくてもいいんだぞ!?

 帰りとかで全然いいし、てか、マジで毎日やろうとか全然そんな必要ないから!!」


「だって、だって!」


 見てて気の毒なくらい赤面した夜々子は、リップクリームを探してポケットに手を入れたまま、消え入りそうな声で。


「だって、わたしも……したい、です」


 しばらく二人、硬直して。


 心臓がドキドキする。

 二人して、夏の暑さもしのぎそうなくらい、真っ赤にゆで上がった。


 そして夜々子は、青ざめた。


「魔物……ウソでしょ」


 それを聞いて、昼介も緊迫した。

 夜々子は身震いして、無意識に腕をかきむしった。


「これ、こんな、強い気配、二匹……違う、三匹!

 昼介くん、魔物、三匹来る!」


「三……!?」


 昼介の緊迫が強まる。プールのとき以上の激戦になるか。

 ヨーヨーをポッケにしまって、アイスのゴミをゴミ箱に突っ込んで、夜々子に指示した。


「ひとまず転移阻害アンチワープ! 時間をかせいで準備するぞ!

 んで急いで橋の下に行く! あそこで迎え撃つ!」


「わ、分かった!」


 二人で走り出す。

 日陰から日なたへ、光の中へ。

 まぶしさに目を細めながら、アスファルトを駆けて、土手、階段を駆け上がって、河原へ下りて、橋の下へ。

 心臓のドキドキはもう、ポジティブなものからすり替わってしまった。


 土手の階段を、ころころと転がる物がひとつ。

 リップクリーム。

 慌てていたから、夜々子のポケットから落ちたのに気づかなかった。

 リップクリームは階段を転がり落ちて、道路の上で転がって、止まった。




   ◆




 走らせていた自転車を、ふと止めて。

 道路の上を転がっていたそれを、彼女は拾い上げた。


「これって……」


 リップクリーム。アニメの限定コラボのデザイン。

 前に夜々子に渡したのと同じものだと、彼女は――青山夕奈那は、思った。


「ややちゃん?」


 きょろきょろと夕奈那は、辺りを見渡した。

 なぜか思い出す。夜々子と昼介がプールに行ってきた翌日。腕にアザを作ってきた昼介、様子のおかしかった二人。


 夕奈那はすぐそばに視線を向けた。

 階段。河原へ向かうための。

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