第22話 前世に押し潰されそうな

 翌日。早朝。学校の隣の公園。

 すみっこのベンチで昼介と夜々子、並んで座って。


「送られてきた画像、見たよ。確かにあれ、魔法陣だな」


 言って、昼介は考え込んで。


「種類は分からなかったけど……

 線がはっきりしないし、なんか妙に複雑だし、そもそも前世の記憶も思い出せないことが多いし。

 もしかしたら、サンハイトも知らない魔法陣かもしれないしな」


「一応、今の背中も鏡で見たりしてみたけど、薄くなっちゃったのか分かんなかった。

 今日お風呂入るときに、もう一度ちゃんと見てみるけど」


「風呂か……」


 ぽつりと昼介が言って、しばらく間が空いて。

 夜々子は赤面して怒った。


「ねぇ!? なんでお風呂を強調するの!?」


「あっごめん!? つい、その、ごめん想像しちまって!」


「信じらんない! バカ! 変態! えっち!」


「ごめん! ごめんて! 痛い痛いスネは勘弁して!?」


 大騒ぎして、ぜーはーして、それから気を取り直して。


「その魔法陣が何か分かったら、状況を改善する手がかりになるかな。

 やっぱ、前世の記憶を思い出した方がいいのかな……」


 ぽつりと漏らした昼介の言葉に、夜々子は顔を向けた。


「もしかして、こないだ言ってた、試せるかどうか考えてる方法って」


 昼介はうなずいて、ベンチの上にあぐらをかいた。


「前世の記憶をきちんと思い出して、サンハイトやニグトダルクのことが分かれば、取れる手段が増えるかもしれないと思った。

 まず思い出せるのかどうかも分かんないし、思い出したところで取れる手段なんてないかもしれない。もしかしたら思い出すことであいつらの影響が強まるかもしれないし」


 言いながら、昼介は、そして夜々子も、自分の手のひらを見つめた。


 二人が出会って、魔力が強まって、前世の影響が強くなった。

 前世の「呪い」も一時的とはいえ出てしまったこの現状で、記憶まで前世のものを取り戻したら、昼介と夜々子は、昼介と夜々子でいられるだろうか。


 黙考を切り上げて、昼介は話を続けた。


「ついでにもうひとつ考えた手を言っとくと、夢の中でサンハイトとニグトダルクを倒したらどうかってこと。あそこはおれたちとあいつらが分かれてるみたいだから。

 これはその後のリスクっていうより、まず戦って勝てるかって方が難しいけど」


「戦って……」


 夜々子は想像する。

 夢の中で対峙したあの大男と戦うなんて、考えただけで身ぶるいする。


「結局のところ、魔法を練習してコントロールを高めるのが、戦うにしろ逃げるにしろいろんな手段に対して確実だっていう結論になっちまうな。

 さんざん考えて毎回同じ答えになっちまって、なんか申し訳ないけど」


「そんなこと、わたしは全然考えられないから、助かってるよ」


 夜々子は尊敬の眼差しを向けた。


「昼介くんはすごいなあ。

 わたしじゃ全然考えられないようなこと、考えられて」


「おれは、ほら、マンガとかゲームの知識を元に考えてるだけだよ」


「わたしもそういうの、読んだ方がいいのかな」


「貸そうか? マンガ」


「あさってから夏休みだし、そういうの読む時間あるもんね」


 そこで昼介は、考え込んだ。


「そう。夏休みなんだよなあ……」


「何か、問題がある?」


「夜々子んち、家族旅行の予定ない?」


「ある」


「……やばくね?」


「……やばいね」


 これまで、同じ学校の同じクラスだったから、二人は基本的に近くにいた。

 でも家族旅行に出てしまうと、数日間物理的に遠い距離にいるということで。


「考えてみたら、中学に上がってから、昼介くんと会わない日なんてほとんどなかったんだね。

 何日も会えない日が続いたら、わたし、さみしくて、死んじゃいそう」


「えっ?」


「えっ?」


 顔を向け合って、昼介は真顔で、言った。


「旅行中に魔物が出たら、二人で戦うことができなくてやばいって話だけど」


 しばらく、沈黙して。

 夜々子は赤面して、目をぐるぐるさせて、ぷるぷるふるえて、そして怒鳴った。


「ばかー!!」


「今のは絶対おれが悪い流れじゃないよな!?」


 ひたすら大騒ぎして。

 もう学校に行かないといけない時間で、相談は切り上げた。


「プールんときに、背中もちゃんと見ておけばよかったな」


「昼介くん、何見てたの?」


「……水着姿」


「えっち! 変態!」


「だって! 夜々子の方から悩殺するって言ってきたんじゃん!」


「だからって! だからって!」


 騒ぎながら、校門をくぐる。

 周りからの生温かい視線は、慣れすぎてもう意識してもいない。

 いつも通りの、にぎやかな日常で。

 騒々しさの中で、ふと昼介の頭によぎったことは、言葉にする機会も重要性もなく、流れていった。


――家族旅行を、そもそも行ってられないくらい状況が悪化する可能性も、ゼロじゃないんだよな。




   ◆




 夢の中。暗い闇。

 昼介はあぐらをかいて、ひとつ深呼吸する。

 そして、右手を前に出し。


聖剣ホーリーソード


 魔法陣が出現し、右手に光の剣が収まった。

 昼介はうなずいた。


「夢の中でも、魔法は使えるんだな」


 そして、振り返った。

 背後に立つ、光の粒子を振りまき続ける存在。勇者サンハイト。

 冷たく昼介を見下ろして。


「よくもそんな挑発のような行為を、俺に背中を向けたままやれるな?」


「向かい合ってやったら、それこそ攻撃する気があるみたいだろ?

 それにおまえにその気があるんなら、どっちを向いてようがおれに勝ち目はねーよ」


 昼介は不敵に笑って、光の剣を消して、サンハイトに向き直った。


「ここでおれを殺したとして、おまえにとっていい状態になるか分かんねーもんな。

 体を乗っ取ったりできる保証はないし、おれが死ぬのと一緒におまえも消えちまうかもしれない。

 手を出したくても出せないのが、正直なとこだろ」


 サンハイトの手が、昼介の首をつかんだ。

 真っ暗な地面に、昼介は叩きつけられた。

 昼介は息が詰まって、顔をしかめた。

 サンハイトの金髪がさらりと流れて、昼介に垂れ下がって、刺すような目つきで、声が吐き出された。


「殺さない程度に痛めつけて、夢を見るたびに苦しませるくらいなら、試してみてもいいかもな?」


 視線同士がぶつかった。

 昼介の目は弱まらない。

 サンハイトはいぶかしんだ。


「何を見ている。俺じゃないな。

 その希望を見つけたような目は、いったいなんだ」


「さあな」


 昼介は笑ってみせた。

 サンハイトの頭の向こう、夢の空間の上方、昼介はそこに魔法陣を見た。


 明晰夢めいせきむというものがある。

 夢の中で、これは夢だと自覚した夢のことで、自分の意思である程度夢の内容をコントロールできるという。

 昼介はサンハイトらと対峙するこの空間を、明晰夢のようなものではないかと考えた。

 事実として、昼介は自分の意識で、この空間を夜々子の夢とつなげることができた。

 そして夢とは、記憶を整理するために見るのだという考え方がある。

 これらを元に考えて、この空間でうまくやれば、前世の記憶を思い出すことができるのではないかと考えた。

 そう意識してできたのが、この暗闇の空に浮かんだ魔法陣だった。

 まだ弱くておぼろげだが、あれを起動できれば、サンハイトの記憶を思い出せる。

 それを確認して、今は十分だ。


 魔力の、気配。


 昼介とサンハイトが同時に気づき、そして昼介は歯噛みした。


「ニグトダルク……!

 くそっ、こっちも取り込み中だってのに、夜々子の方も出やがったか!」


 昼介は動こうとする。

 動けない。

 サンハイトの輝く手が、いまだ昼介を押さえつけていた。

 昼介はにらみ上げた。

 サンハイトは見下ろして、冷ややかに笑ってみせた。


「このままおまえを逃がさずにいたら、あの女はどうなるだろうな?」


「ふっざけんな……!」


 魔力の気配が高まる中で、勇者と少年はにらみ合った。

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