第21話 愛されて生まれてきた

「それで、ずっと写真見せられて、寝不足なの?」


「あんのクソババァ、息子の睡眠時間忘れるくらいくっちゃべりやがって」


 誕生日会の翌日。学校。

 自分の机にべたりと伸びる昼介の前で、夜々子はおろおろした。


「でもあの、寝不足の昼介くんって、かわいいよ?」


「それ言って何かのなぐさめになってると思う?」


 でろんと見上げる昼介に、夜々子はてへへと笑って、それからかがんで視線を合わせて、尋ねた。


「それで、写真見せてもらって、何か大事なこととかあった?」


「いやー、母さんにしたらおおごとだったんだろうけど、産まれるまでどのくらい時間かかったとか、抱いたときの感触がどうだったとか、ミルクを吐いたのがどうとか、そんな話ばっかりだよ。

 だいぶ長々と話してたけど、前世に関係しそうな話はなんもなかった」


 ふぅーと息を吐いて、それから昼介はふと、遠い目をした。


「でも、まあ……うれしそうだったな。

 おれが産まれたこと、本当に喜んだんだろうなってのは、伝わってきたよ」


 夜々子の目は、その表情に吸い込まれた。

 昼介の顔は、別に笑ってはいない。

 それでも昼介は喜んでいると、夜々子は感じられた。


「そっか。そうだよね。よかったね」


「ああ。よかった。

 それだけで、話を聞いたかいがあったと思う」


 にこりと昼介が笑い、夜々子も笑みを返した。


「わたしも、今日お母さんに聞いてみようかな。

 わたしが産まれたときの話、予定日より早かったって話くらいしか知らなくて、ちゃんと聞いたことない気がする」


「おう、聞いてみるといいよ。

 ちょっと突飛な生い立ちがあったところで、結局おれたちも人から生まれた人の子だって思えるよ」


「そうだよね、わたしたちだって人の子で、当たり前に人として育って、それで大人になって……」


 にこにことしゃべっていた夜々子は、そこでぴたりと動きを止めて。

 だんだんと赤面してきて、目をぐるぐるさせて、唐突にばんと机を両手で叩いた。


「ま、ま、まだそういうの考える歳じゃないからわたしたち!!

 昼介くんのエッチ!!」


「今の絶対おれが悪い流れじゃねーよな!?

 何を考えたんだよ夜々子!?」


 わーわー騒ぐ二人を見やる、教室のすみっこ、クラスメートたち。


(あの二人いつまで付き合ってないって言い張るつもりなのかなー……さすがにそろそろ進展しろよなー)


(両想いなのお互い確認したうえでぐだぐだしてるの、微笑ましいを通り越してじれったくなってきたわー)


(あーあー早く付き合わねーかなーそうすりゃ気持ちよくおめでとうって言えるのになー)


(付き合ってくれれば気兼ねなくどこデート行ったのとか聞いて存分に照れさせて目の保養にするのになー今だとまだイジりにくいんだよなー)


 男子と女子、目配せして。


((背中を押せるタイミングがあれば、全身全霊で後押ししよう))


 二人の預かり知らぬところで、クラスの団結力は高まりに高まっていた。




   ◆




 リビングのテーブルで、夜々子の母はアルバムを広げた。


「夜々子は産まれたのが早くて、体もその分小さかったから大変でねえ」


 いとおしそうにアルバムの写真をなでるのを、夜々子は隣で見ていた。

 父と兄も、興味を引かれて寄ってきた。

 家族四人、さながらパジャマパーティ。


「肌もねえ、赤ちゃんのころから弱くてねえ。

 私もお父さんも弱いから遺伝なんだろうけど、夜々子はとりわけ弱いからなんだか申し訳なくてねえ」


「そんな、お母さんやお父さんのせいじゃないし」


 話しながら、アルバムをめくる。

 一枚一枚、これはこうだった、あのときはああだったと説明する。

 話す母や父の姿は、楽しそうだ。

 それを見て、夜々子はよかったと思った。

 夜々子は、愛されて生まれてきた。


「ほら、この写真、背中にこんなに血の筋みたいに線が入ってる。

 産まれたときからこれがあってねえ」


 指さされた写真を、夜々子は何気なく見た。


 夜々子は、ぞくりとした。


(これ……前世の……魔法陣?)


 写真、赤ん坊の夜々子、その背中。

 荒れた肌に細かく走る線、その形状に見覚えがあった。

 不明瞭で読み取るのは難しいけれど、それは確かに、魔法陣だった。


(産まれたときから? ずっとあった?

 意識したことなかった……今もあるの?

 気づかなかったのはもう薄くなってるから?

 それともしっかり見てなかっただけで、この背中に……魔法陣が?)


 じっとりと、背中に汗をかくのを、夜々子は感じた。

 パジャマの薄布一枚の下で、やけどのように荒れた肌の表面で、紫の炎が駆け上がる感触を、覚えたような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る