第三章 さよなら、わたしたちの日常

第19話 やりきってやる

 夢の中。暗い闇。

 地面も空もあるのか分からない、広いのか狭いのかも分からない、ただ闇の空間。

 そのただ中で、光の粒子をまき散らしながら、勇者サンハイトはまっすぐににらみつけてきた。


「思い出したか。勇者の使命を。その呪いを」


 それに向き合う。

 あぐらをかいて座る、昼介。


「ああ、そうだったな。その光が他の人を傷つけちまうから、誰とも触れ合うことができなかったんだ。

 そんな体質だった気がする。ほとんど覚えてねーけど。

 その勇者の証をなくす方法だから、おまえは魔王を倒したいんだな」


「そうだ」


 互いに、にらみ合う。

 それから昼介は、鼻を鳴らした。


「でもおれは、夜々子を倒したりはしない」


「ふざけるな!」


 サンハイトは怒鳴った。


「すでに体感して、その身に呪いが出始めて、まだそんな甘いことを……!」


「甘くなんてねーよ」


 昼介は立ち上がって、真横に手を伸ばした。


「傷つけたくないものを傷つけずに、全部守って、自分の人生生きてやろうってんだ。

 めちゃくちゃ厳しいことくらい、分かってんだよ」


 伸ばした手が、握られる。

 握り返す。

 顔を向ける。

 夜々子。夢をつないで、こちらに来た。

 見つめ合い、微笑み合う。

 それから二人そろって、サンハイトに向き直った。


「それでもおれたちは、やりきってやる」


 サンハイトの、冷たい眼差しを最後に。

 夢は覚めた。





 カーテンを透かして、すでに熱くなった日差しが差し込んでくる。

 昼介はしばらく天井を見上げて、ひとつ息を吐いて、それから言葉をこぼした。


「デカい口叩いたけど、ノープランなんだよなー……」


 この日、梅雨明け宣言がなされた。

 七月、半ば。

 セミの声が聞こえる。

 一学期の終わりが、近づいてきた。




   ◆




 日中。河原。橋の下。

 いつもの魔法の練習場所。

 日陰でも、さすがに暑い。


「……四、五、六……」


 昼介は見守りながら、カウントする。

 その視線の先、夜々子は汗を垂らしながら、真剣に静止する。

 その夜々子の右手からはヨーヨーが垂れ下がって、空回りしている。


「……十!」


 昼介のカウントを合図に、夜々子は右手を引き上げる。

 ヨーヨーが巻き上がり、夜々子の手の中に収まった。


「で、できた! できたよ昼介くん!」


「おう! きちんとスリープできてたぞ」


 ハイタッチする。夜々子の露出した腕に、汗がきらきら。

 夜々子はそれから、ヨーヨーを返そうとして、顔を曇らせた。


「ごめん……糸に血がついちゃった……」


「あー、気にしないよ。ヨーヨーの糸は消耗品だし」


 中指を通していた糸の輪に、夜々子の血がついてしまっていた。

 昼介は受け取って、そのまま自分の中指を通して、技を繰り出してみせた。


「……なんか、血がついたとこに指入れられるの、やらしいことしてる気がする」


「夜々子どういう感性してるんだ?」


 それから腰を下ろして、水分を摂って、そこからは、真剣な話。


「サンハイトもニグトダルクも、夢に出てくるだけならなんとかなってたけど。

 現実に影響が出てくるようになったら、どうにかしなくちゃならねーな」


「うん」


 ノートにメモを取りながら、話し合う。


「おれの体からあの光が出たのは、無理に魔力を使ったからだと思うけど。

 これから先、魔力をセーブしてやってけるか分かんねーんだよな」


「魔物、おっきくなってたもんね」


 夜々子は沈んだ顔をした。


「わたしの魔力が強くなったからかな……」


 昼介はシャーペンをくわえて。


「考えたくなかったけど、そうかもしれないな。

 魔王の魔力を目印にこっちに来てんなら、魔法の練習しておれらがレベルアップしたら、それだけ向こうもスムーズに来られるのかもしれない」


 それからくせ毛頭を、シャーペンでかいて。


「でも、魔物の対策は転移阻害アンチワープが一番有効だと思うからなー。

 不安かもしれないけど、そこの方針は変えないでいこう」


「分かった。頑張る、けど」


 夜々子は自分の手の甲を見た。


「わたしも、魔力を使いすぎたら、あの紫の火が出るのかな」


 夢での出来事を思い出す。

 魔王ニグトダルク。紫の炎をまとう。

 その体に触れたとき、夜々子の体も燃え上がった。

 やけどのような肌荒れに沿って。


 夜々子の様子を見て、昼介は少し考えてから、言った。


「前世の影響を受けてるのかな。その肌も」


 夜々子は自分の手で、手の甲をなでた。

 ざらついた感触。

 昼介はその姿をながめた。

 しばらく見ていて、それから、昼介は唐突に、夜々子の手を握った。


「え、あ、昼介くん!?」


「また光が出たり、火が出たりしたら、握れねーからな。

 握れるときに握っとこうってだけだよ」


 言いながら、昼介は照れて、目をそらした。


「や、ちょっとウソついた。

 単におれが握りたくなったから、握っただけ」


「あ、あぅ」


 夜々子は赤面して、目をぐるぐるさせた。

 肌のざらつきを昼介の指がそろりとなでて、夜々子はびくりと背筋を伸ばした。


「ごめん、イヤだったか?」


「イ、ヤじゃないけど、昼介くんこそ、触り心地悪くない?」


「あー……おれこの感触、普通に好きなんだけど。

 変にすべすべしてるより、感触が手に残って、なんつーか……夜々子の存在を感じられるっつーか」


「あぅ、あぅ」


 二人して、赤面して。

 握り合った手が、体温を伝え合う。

 心臓がドキドキする。

 このドキドキも、指先を通じて、相手に伝わってしまいそうで。


 そして昼介は、はっと口を押さえた。


「あっタンマ! 好きって言葉言っちまった!

 コクるまでとっとこうって思ってたのに! ごめん忘れてくれ!」


「えっあっえっ!? とっとこうとかそんなこと考えてたの!?

 てかもう今さらじゃない!? 告白してるのと変わらなくない!?」


「えっじゃあこれ告白でいいのか!?

 夜々子これで告白でいいのか!?」


「や! 待って! 待って!

 これ告白だったら今日から付き合うってことで、待って、もう今日から恋人とか、ちょっとあの、まだ心の準備が!」


「夜々子こそ今さら心の準備とか言ってるのか!?」


「えっじゃあ昼介くん今日から恋人でやれるの!?」


「や! それは! その!

 ……やっぱもうちょっと心の準備ができてからにするか!」


「だよね! もうちょっと後だよね!

 あっでもそのときになったらちゃんと覚悟決めるから! ごめんだけど待ってて!」


「おう! 待ってる! ありがとう!」


 二人して、蒸気を噴いて、赤面して。


「……なんの話してたっけ」


「えっと、サンハイトとニグトダルクが、現実の方に影響してきたらって」


「あーそうだ」


 昼介は地面の上に寝転がった。


「そっちはどうにも、対策が思いつかないんだよなー。

 おれたちの魔法でどうこうできる話なのか、なんともいえねー」


 一度目を閉じ、開いて。


「や、ウソだけど。

 試せるかどうか考えてることは、あるにはある」


 考えてはいる。

 でもプランというには。


「ただその方法は、どう転ぶか分からなくてうかつに試せない。

 ヘタすると、サンハイトとニグトダルクが余計にこっちに影響してくるかもしれない」


 それから視線を、夜々子に向けた。


「だからもうちょっと、いい手がないか考えてみるよ」


「分かった。わたしも何か思いついたら、言うね」


「とりあえず先に、別の方考えるか」


「うん」


 夜々子も姿勢を崩して。


「ゆななんの誕生日だよね」


 セミの鳴き声は、ずっと響く。

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