第18話 怖くない
曇天。学校。月曜。パズル部部室。
部長の青山夕奈那は机に腰かけ、わざとらしくじとーっとした目を向けた。
「なーんで、プール行ってそんなアザ作ったりしてるのさー」
「いやー、ははは」
夕奈那の正面、昼介と夜々子は、気まずそうに笑ってみせた。
その昼介の両腕には、いくつもアザができている。
「隣の公園で? ちょっとはしゃぎすぎたっていうか?」
「流れるプールで、あの、ぶつかっちゃったりとか、そういうの、あったから」
夕奈那はジト目のまま、くちびるをとがらせた。
「まーたいしたケガはしてないみたいだし、いいけどさー。
さみしー気持ちを押し隠して、二人の行くすえを見守ろうって決心決めた矢先にそんなケガされちゃあ、そりゃ不安にもなるわけですよアタシゃ」
「ゆななん先輩、言ったら押し隠せてないです」
夕奈那はからからと笑った。
「んであんたたち、プールまで行っといて、まーだ付き合ってないって言い張るわけ?」
「やー、なかなかタイミングが……」
部室の奥から、二年生二人のはやし立てる声。
「なんなら今決めたっていいぞー。告白もチューもバッチリ見守ってやんよー」
「提案……見守るなら写真を撮りたい……今はスマホないから……一度帰ってから……」
「先輩たちは何言ってんすかねえ!?」
バカ騒ぎ。
笑って、そして夕奈那。
「しっかしその腕、ホントにアザだらけ――」
いつもの調子で、昼介の手を触ろうとして。
昼介は、はじかれたように飛びのいた。
夕奈那は驚いて、昼介の顔を見た。
昼介は緊迫した表情で、腕を引っ込めて、夕奈那の顔を見返して。
それから、はっと気を取り直して、弁解した。
「や、さーせん! 触ると痛いトコあって、ついビクッとなっちゃって」
「昼介くん、ホントに大丈夫? けっこうケガひどいんじゃ」
「や! マジで! 大丈夫なんで! この通りへっちゃら!」
「あ、あの!」
横から夜々子が口を出した。
「わたしたち、この後、予定あるから!」
「そ、そうだな夜々子! もう行かないとな!」
「ねぇ、ちょっと!?」
昼介と夜々子は、そそくさと退室した。
その背中に、夕奈那の声がかかった。
「ホントにさぁ! なんかあるんなら頼ってよね!
アタシにできることもできないことも、困ってたら言えばいいんだからねー!」
昼介と夜々子は、一度振り返って、あいまいにうなずいて、そのまま立ち去った。
「……
「昨日のケガのままだったら、もっと大ごとになってたよね……」
昼介と夜々子、二人並んで、廊下を歩く。
「おれ、親にだいぶ心配されたけど、夜々子は大丈夫だったか?」
「あ、うん、わたしは手のひらだから、あんまり目立たないし。
それでも気づかれたけど……」
「そっか……」
夜々子は自分の手のひらを見つめた。
その夜々子の様子を、昼介は見つめた。
手のひら、普段の肌荒れにまぎれて分かりにくいけれど、確かにそこは傷ついていた。
「……ごめんな。油断してたんだと思う。おれのせいで……」
夜々子は回り込んで、昼介の正面に立って、まっすぐに目を見つめて、言った。
「お願いだから、わたしみたいなこと、言わないで」
昼介は、夜々子の顔を見返した。
それからややあって、微笑んでみせた。
「そうだな。おれのせいじゃない。前世がちょっかいかけてくるのが悪い」
夜々子はうなずいて、少し泣きそうな顔で、それでもしっかりと表情を引き締めて、言った。
「うん。わたしも悪いことは、前世のせいにする」
「おう、それがいいな」
笑い合う。
それから並んで、歩き出す。
その二人の距離感は、これまでと比べてほんの少しだけ、けれど決定的に、広い。
それはたとえば、手をつなぐような距離感では、ない。
(やっぱ、そうは言っても、おれの見通しが甘かった)
昨日の戦い。思い出す。
二頭二尾のムカデ・アースピーラーを倒し、その後、六本足の犬・マウンテンイーターが――
◆
牙と爪、それから炎。
交錯する。離れる。にらみ合う。
マウンテンイーターはほぼ無傷。一方の昼介、一戦目のケガに重ねて、さらに傷が増える。
「夜々子! あせるなよ!
確実に当てられるときに魔法を使うんだ!」
「分かった……!」
泣きそうになるのをこらえて、夜々子は狙い続ける。指先に魔法陣をとどめる。
交錯。また昼介に傷が増える。
交錯。交錯。
「いま!」
飛びかかった着地ぎわ、次の動作に移るまでの隙、かわしづらいタイミング、夜々子は服従の魔法陣を撃ち出した。
昼介は命中を待たず距離を詰める。
服従の魔法――かわされた。転がるように強引に身をひねって。
夜々子は青ざめ――
「それでいい! 大丈夫だ!」
昼介は光の剣を投げつけた。
体勢の崩れ切った魔物は――
(大丈夫だっつってんだよ)
マウンテンイーター、飛びかかってくる。牙が迫る。
それを昼介は、怒りの目で見すえた。
(大丈夫じゃなかったら、夜々子が心配するだろうがッ!!)
昼介は右手を引いた。
中指に、光の糸が結びついている。
それは投げた剣の一部。糸のように細く変形させて、投げてもつながったままにした。
剣が戻ってくる。ヨーヨーのように。
それは魔物の牙が左腕に食らいつくのと同時、魔物の胸を貫いて、絶命させた。
昼介はひざをついた。
夜々子は悲鳴を上げながら駆け寄った。
昼介はふるえる右手で、胸を押さえた。
(なんか……やべえこと、しちまったっぽい……!)
剣の変形は、練習である程度やってはいた。
けれど少し細長くしたり平べったくした程度で、ここまで極端な変形をさせたのは初めてだった。
右手の下で、強く脈動する。心臓。じゃない。魔力が。
無理な引き出し方をしてしまったか。
見る。左腕。血とともにこぼれ落ちる――光の粒子。
近づいた夜々子が、手を伸ばした。
「昼介くん、ケガ、大丈夫――」
「触るな夜々子!!」
伸ばした夜々子の手のひらに、光の粒子が触れた。
手のひらが、焼けた。
「あ、あッ」
「夜々子ッ!!」
叫んで、手を伸ばしかけて、昼介はとどまった。
前に出した昼介の両手は、光の粒子を振りまき続けていた。
夜々子は焼ける手のひらを押さえて、うずくまった。
その正面で、伸ばしかけた手のやりどころなく、昼介は言葉を失った。
昼介の頭の中で、勇者サンハイトの言った言葉が、反響した。
――勇者の呪われた使命から、いつ解放されるというのだ――
◆
「……くん。昼介くん」
はっとして、昼介は声の方を向いた。
物思いにふけってしまったらしい。夜々子は昼介の顔をのぞき込んでいた。
「あ、悪い。ぼーっとしてた……」
そう言うより早く、夜々子は昼介の正面に立った。
そして、昼介の両手を、自分の両手で握りしめた。
「夜々子っ……!」
昼介は背筋が冷えて、とっさに振り払おうとした。
光の粒子は今は出ていない。でもそれはコントロールして出なくなったわけではなくて、自然に止まっただけだ。いつまた出るかも分からない。
けれど夜々子はしっかりと握って、離さなくて、その目は昼介の目をしっかりと見ていた。
「わたし、怖くないよ」
透き通った、強さのある声だった。
「怖くない。昼介くんの勇者の力が、もし強くなっても、わたしは怖くないよ。
少しくらいケガしたって、わたしはへこたれない。
それより昼介くんが離れていっちゃって、一人になるほうが、わたしは怖い」
昼介は、ほうけたような顔で、夜々子を見返した。
ろくに表情を作れないまま、質問を返した。
「それは……前世の縁を持つ仲間だから?
それとも魔物と戦うために、戦力が必要だから……」
夜々子が怒った顔をしたのを見て、昼介は間違えたと思った。
「昼介くんだからだよ!」
ぽかり。昼介の天然パーマに、夜々子のグーが飛んだ。
「今さらそんなこと言わせないでよ! ほかに理由があるわけないでしょ! 分かれよバカ!」
「お、おう」
ぽかり。ぽかり。グーが飛ぶ。
そして夜々子は、ぷいと背中を向けた。
昼介は何か言おうとして、それより先に昼介の正面に、夜々子は背中を向けたまま、ぽすり、倒れかかってきた。
「離れないから」
むすり。夜々子のそんな表情は昼介からは見えなくて。
それでも分かる。分かるくらい、一緒にいるんだってことに、昼介は今さら気がついた。
昼介の目の前は、夜々子の後頭部と髪の毛しかなくて、視覚も嗅覚も全部夜々子に埋めつくされて。
触れている、昼介の胸と夜々子の背中が、焼けそうなくらいに熱をもっていた。
夜々子は怖がらない。
いつまた出るかも分からない昼介の光の粒子も。
自分のこの荒れた肌を、昼介に触れさせることも。
離れない。
そう決めた。
どれほど傷ついたとしても、二人はきっと、一緒にいる。
たとえこの日常が、壊れたって。
【第二章「今世の恋と前世の呪い」終わり
第三章「さよなら、わたしたちの日常」に続く】
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