第17話 いつか告白する機会は

 泳いで、遊んで、お昼時。

 昼介と夜々子は売店で、焼きそばを買った。

 パラソルの日陰で、二人座って食べる。


「なんか、めちゃくちゃ腹減ったな」


「すごいはしゃいじゃったし、泳ぐと体力使うよね」


 焼きそばだけでは物足りない。チュロスも買った。

 夜々子は昼介が買ったのとは別のフレーバーにして、食べながら、視線はちらちらと昼介の方を向いた。


「……食べるか?」


 昼介は食べかけのチュロスを差し出した。

 夜々子は顔を赤らめながら、ぱくりとそれにかじりついた。

 夜々子からも、チュロスが差し出された。

 昼介はちょっとだけためらって、それから意を決したように、かじりついた。

 まだ、お腹は空腹を訴えている。

 ソフトクリームを買って、バニラと抹茶で、それもやっぱり交換しながら食べて、そうして相手のくちびるや舌の動きが、なんとなく目に入って。


 心臓がドキドキする。

 周りから、視線を感じる。

 それは微笑ましいものを見るような、生暖かい視線だった。

 昼介も、夜々子も、そんな視線には慣れていない。

 それでも心の中を満たすのは、幸福感だった。


「……楽しいね」


 夜々子はぽつりと言った。

 昼介はうなずいた。

 昼介の正面で、夜々子はプールをながめて、しみじみと言った。


「来てよかった。わたしも、幸せだよ」


「ん」


 昼介はうなずいて、そわそわした。

 気持ちがあふれそうになる。

 言うのは今ではない。もっと、きちんとした思い出にしたい。

 そう、思うけれど。


 昼介は夜々子に視線を向ける。

 日陰。夏の日差しの逆光の中で、夜々子の姿は、昼介にはとてもきれいに見えて。

 もしかしたら、今なのかもしれない。

 今が十分、思い出になるときかもしれない。

 そうとも、思うけれど。


 夜々子はうつむいた。

 昼介からは表情が隠れた状態で、夜々子はぽつりと、つぶやいた。


「ひどいなあ。なんで、今なんだろう。

 こんなに楽しくて、今日この一日が、本当に、いい思い出になると思ったのに」


 顔を上げて。

 悲しそうな目を向けて、夜々子は昼介に告げた。


「魔物が来るよ」


 昼介は、口をつぐみ、目を伏せた。

 押し黙り、しばらく眉根を寄せて目を閉じて、それからまたしっかりと目を開けて、まっすぐ夜々子を向いて言った。


「仕方ねえな。

 ちゃちゃっと済ませて、そんでまた遊ぼうぜ」


「うん」


 二人で、席を立つ。

 今じゃなかった。それだけのことだ。

 また改めて、告白するべき機会を作ればいい。

 時間はいくらでも、あるのだから。




   ◆




 再入場スタンプを押す時間ももどかしく思いながら、急いで隣の公園へ。

 人目につかないところを探す。


「夜々子、転移阻害アンチワープの具合は!?」


「もう、切れそう!」


「そこのすみっこ! 木陰の中なら戦えそうだ!」


 場所を決め、なるべく息を整える。

 空中に魔法陣が生じ、魔物が現れた。


 名称、アースピーラー。

 形状は二頭二尾のムカデのよう。

 地面や岩肌を食い荒らしながら進み、体内で高純度の石くれや金属塊を生成し、尾部から射出する。

 本来は人を丸呑みできる巨大な魔物だが、今のサイズはさっき食べたチュロスくらいだ。


「夜々子、こいつは飛び道具を撃ってくるヤツだ。

 おれが夜々子の方に飛ばさせないよう立ち回るから、隙を見て夜々子の闇焔ダークフレアでケリをつける作戦でいこう!」


「ま、待って昼介くん!」


 魔物への警戒を切らないようにしながら、昼介は後ろの夜々子を見た。

 夜々子は自分の肌を指でなでて、切羽詰まった顔で、何かに集中するようにして声を上げた。


「まさか、そんな……気配が消えない……!

 昼介くん、まだ来るかも! もう一匹、くるかもしれない!」


「なに!?」


 アースピーラーは会話を待ちはしない。

 地面を食べて弾丸を補充し、石くれを撃ち出してきた。

 昼介はものさし大の光の剣を出し、盾にして身を守る。


(二体同時!? いや、今までなかっただけで、ありえねえ話じゃねーのか!?)


 アースピーラーは地面を食べて掘り進む。潜る気か。


「夜々子! 転移阻害アンチワープを張り直せ!

 ちょっとでも時間をかせいで、一体ずつ倒す!」


「わ、分かった!」


 昼介は走る。魔物との距離を詰める。

 潜ろうとするふたつの尾部から、石つぶてが飛ぶ。

 光の剣で頑張って身を守る。


(潜られて遠距離攻撃、これでもう一体来られたら、ちょっとマジでやべーぞ!?

 くそっ、速攻やらねーと!)


 魔物の姿が完全に地中に消える。

 そこから胴体の位置を推測して、昼介は光の剣を突き立てた。

 手応え。


(当たった! けど急所か!? 一撃でやれてないと――)


 足元、地中を動く感触。

 短い剣を地面に突き立てた不安定な体勢から、昼介はほとんど直感でジャンプした。

 直前まで足首があった場所を、アースピーラーのふたつのあごがかすめる。


「っぶね……! つか、やべえ……!」


 倒せてなかった。

 胴体を両断しそこねたか、あるいは尻尾あたりだったか。

 また潜られた。体勢を立て直すのに精一杯で、追い打ちするヒマはなかった。


「夜々子、周りを見張れ!

 二人でぐるっと見張って、出てくる瞬間を頑張って狙うんだ!」


 声を張りながら、昼介は走った。

 夜々子から離れているのはまずい。

 夜々子を守れる状況にして、それから反撃を――


「昼介くん、後ろ!」


 言われて、振り向く。

 アースピーラー。ふたつの頭と切れてひとつになった尻尾を向けて。

 昼介の隙だらけの背中に、石つぶてを飛ばす。


(なら、悪くねえ)


 昼介、踏み込む。反転する。

 つぶては腕で受ける。痛みが骨に響いて、肌に血がにじんだが、構うものか。


(夜々子がケガせずに済んだ)


 走る。詰め寄る。

 頭と尻尾を全部出したアースピーラーは、潜るまでにワンテンポ遅い。

 捨て身で詰め寄った分だけ、昼介の剣が届く方が、早い。


「おりゃあッ!!」


 振り抜いた光の剣が、ムカデの魔物を切り裂いて煙にした。


(……まだ!)


 昼介は夜々子を振り向く。

 夜々子は昼介に駆け寄ってくる。

 その背後、魔法陣。二体目。


(これまで戦った魔物は五体。最後の六体目か!?

 最後のは確か、悪夢を見せてくる……違う、待て待て、出てくるぞ、あいつは……!)


 出現。六本足の犬。マウンテンイーター。

 以前にも戦った、初めて遭遇した魔物。

 それがまた、現れた。


(いや……なんか、デカくなってねえか!?)


 以前戦ったときは、チワワくらいの小型サイズ。

 今はもう少し、芝犬くらいには、大きくなっていた。

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