第16話 夏は人を大胆にするから

「あのね、ひとつ頭から抜けてたことがあって……」


 プールサイド。

 夏の日差しのもと、はしゃぐ人波の中、水着姿の夜々子は両手で顔を隠して、耳まで真っ赤で、同じく水着姿の昼介の正面でうずくまっていた。


「わたし、自分の水着姿を見せることばっかり考えてて、その覚悟はしてたんだけど。

 一緒にプールに来たら、当然昼介くんの水着姿も見るわけで、その、見る方の覚悟ができてなかった……」


「夜々子、ちょっとザコすぎねえか?」


 なんかもう遠慮もなくなって、昼介はツッコんだ。

 夜々子は指の隙間から、昼介を見上げた。


「昼介くんは、へっちゃらなの?」


「いや……へっちゃらってほどでもねーけど……」


 昼介は照れくさそうにほおをかいた。

 上下で分かれている水着を着てくるとは思わなかった。もっと露出の少ない、上下つながっているものを着てくるものだと。

 確かにタンクトップ型だしフリルもついていて露出はひかえめかもしれないけれど、おへそや腰回りに視線がいってしまう。


 そんな中で夜々子は、昼介を頭のてっぺんからつま先までながめて、それからまた頭のてっぺんまで往復して。


「……あぁ〜うぅ〜」


「ほら座り込むな! 尻もちつくな!

 邪魔になってるしめっちゃ見られてるだろ!」


 周りから視線やクスクス声が刺さる。

 昼介は恥ずかしくなって、夜々子を無理矢理立たせた。


「ほら! プール入るぞ! せっかく来たんだから泳ぐぞ!

 さあ準備運動! ケガしないようにしっかり体をほぐすぞ! おいっちにーおいっちにー!」


「昼介くん、意外と真面目だよね……」


「ん? おれってそんな不真面目そうに見えるの?」


「だって、中学入って最初の授業でいきなり居眠りしてたし」


「それは……」


 思い返して、思い至って、昼介は気まずそうに目をそらした。


「だって初日の……あんとき考えが回らなくて、連絡先聞き忘れてたから……

 帰ってから、また魔物に襲われてたらどうしようって、でも家も連絡先も知らなかったからどうしようもなくて……夜中ずっと心配してたから……」


 歯切れの悪い昼介の言葉を、夜々子は噛み砕いた。

 つまり、入学式の日、最初に魔物に襲われた、あの日の夜、ずっと夜々子のことを考えてて、それで……眠れなかった?


「え、待って、あのときじゃあ、寝不足?

 わたしのこと心配してくれてたから寝不足だったってこと?

 うそでしょ、そんなときから、そこまで考えてくれてたの?」


「や、考え切れてねーから、授業中寝落ちするハメになるんだよ……」


「え、だってあの日、え、寝不足?

 だって朝さ、転移阻害アンチワープの話とか、すごい堂々としてて、え、あのとき寝不足だったの!?」


「うっせー何度も寝不足って言うな!

 そーだよ! 寝不足だったんだよ!」


 夜々子は自分の胸に両手を当てて、そして昼介に向けられた目は、心なしかきらきらしていた。


「え、ちょっと……きゅんときた……」


「なんでだよ?」


 昼介にそのへんの機微はよく分からない。

 ひとまず準備運動をして、プール遊びをすることにした。


 水しぶき。

 太陽の輝き。

 泳いで潜って、騒いで。

 8の字の形をした浮き輪が貸し出されていて、それに乗って滑るウォータースライダーがあって。

 なんだか照れくさくて、それでも好奇心が勝って、二人で滑って、はしゃいで。

 心臓がドキドキする。

 これだけ遊んで騒いでいれば、そういうものかもしれないけれど。

 昼介は見る。

 昼介の正面で、横で、照れてはにかんで、そして楽しそうに笑う夜々子の姿は。

 水面のきらめきより夏の太陽より、ずっと輝いていると、昼介は感じて。


「きゃっ!?」


「おわっ!?」


 流れるプール。

 バランスを崩して、ぶつかって。

 一拍置いて、夜々子は気づく。

 夜々子は昼介の背中に、おぶさるような格好でしがみついてしまっていた。


「あ、あの……」


 夜々子は何か言おうとして、うまく言葉が出なかった。

 昼介と密着している。

 それを意識して、水の中にいるのに、熱いと感じるくらい体がほてってしまう。

 夜々子の視界に見える昼介の耳も、赤くなっていた。


「夜々子……ケガ、ないか?」


 それでも昼介からはまず、そんな言葉が出てくる。


(ああ)


 夏は人を大胆にする。

 そんな言葉があった気がする。

 きっと、そういうことなんだろう。

 そういうことにしておく。


「昼介くん……しばらくこのまま、くっついてて、いい?」


 首周りに腕を回す。

 昼介の体がこわばる。

 心臓がドキドキする。

 流れに乗って、夜々子の足はふわふわと浮いている。

 もし昼介に振り向かれたら、恥ずかしくて死んでしまいそうなくらい、顔がほてるのを感じる。

 それでも夜々子は、この行動を、やめたくなかった。


「……おう」


 昼介の返事は、それだけ。

 それでも夜々子は、泣きそうなくらいうれしくて、昼介にすべての体重を預けた。

 昼介は一度水底を蹴り、流れに乗ってただよった。

 二人の間に言葉はない。

 それでもこの時間は、流れに揺られるこの感覚は、二人にとってあまりにも、濃密だった。

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