第13話 えっちな目で見てたの?

 名称、フラッドロード。

 見た目はガラス細工でできたツバメといったところ。

 素早く空中を飛び回り、飛んだ軌跡に水を呼び寄せ、洪水を巻き起こす。

 本来のサイズは翼竜のように雄大だが、今は普通のツバメのような小柄だ。


「だからっ、ちっこいのは……! 切りにくいんだって!」


 体育館裏、光の剣を昼介は振るう。

 練習の甲斐あって剣はものさしくらいの長さまではなったが、どちらにしろ小さくてぴゅんぴゅん飛び回る相手を切るのは難しすぎる。


「ちょ、マジで当たんねー、やべっ水が、ぎゃーっ!?」


「わっわっこっち来た、魔法、えっえっ無理こんなの狙えない、きゃーっ!?」


 本来ならば、呼ぶのは大洪水。

 今は、たとえば雨の日、道路の水たまりを車が走り抜けた、隣にいたら大変なことになるあれと同じ感じ。


「ぺっぺっ、ちょっと泥入ってるぞ! どっから呼んでんだよこの水!」


「やだもう、上も下も全部ぐっしょりなんだけど……!」


 ガラスのツバメは空高く、身をひるがえす。

 梅雨の晴れ間の貴重な日差しをきらめかせ、二人を目がけて再度ダーツのように迫る。


「こんのっ、聖域サンクチュアリ!」


 昼介は地面に手をついた。

 昼介と夜々子を取り囲むように魔法陣が生じ、それは光の壁を作った。

 一瞬しか維持はできなかったものの、ガラスのツバメが勢い余って激突するくらいの効果はあった。


闇焔ダークフレア!」


 壁が消えた瞬間に撃った夜々子の魔法で、ツバメはどろんと煙になった。


 昼介と夜々子は座り込んで、はぁーとひと息ついた。


「あーあー、パンツまで濡れちまったよ。とりあえず体操服に着替えるか」


「カーディガンに泥が染み込んじゃってる、困るなぁもぅー……」


 夜々子はちょっと迷ってから、もういいやとその場でカーディガンを脱いでしぼった。

 そうしているうちに、ふと昼介がまじまじとこちらを見ているのに気づいた。

 気づかれたことに気づいた昼介は、わたわたと目を隠した。


「あっごっごめん! 見てない! いや見たけど!

 そんな見る気はなくて、でも目がいっちゃって、ごめん!」


「えっえっ何その反応!?

 もしかして透けてる!? 下着とか透けてるの!?」


「あっいや、そうじゃなくて!」


 あたふたして、ものすごく言いにくそうな、ばつの悪い顔をして、昼介は言った。


「その、夜々子さ、普段あんま肌を見せないじゃん。

 だから、なんつーか、見ちゃいけないものを見ちゃった気になるというか、胸とかパンツとか見えたときみたいにドギマギするというか……」


 夜々子はしばらく、ぽかんとしていた。

 それから急に赤面して、ばばっとカーディガンで肌を隠した。


「うそでしょ昼介くん、わたしの肌をそんな目で見てたの!?

 わたしの肌見て胸とかパンツとか見るみたいに興奮してたの!?」


「興奮はしてねーよ!? ただドギマギするってだけで!!

 なんか悪いことしてるみたいな気になるだけで、別にエロい目で見てるわけじゃ、いや、どうだろ、ちょっとはそういう気分もあるかもしれないけど」


「うそでしょ、うそでしょ、うそでしょ」


 夜々子は真っ赤になって涙目で、カーディガンで腕も顔もすっぽり隠した。


「ばかぁ、そんな目で見られてるって思ったら、わたしもう肌出して外出られないじゃん……

 いつか勇気出して薄着でおしゃれして昼介くんとデートしようって思ってたのに、必要な勇気がぜんぜん別モノになっちゃったじゃん……」


「や、ごめん、マジごめんて、でも本当エロい目で見てるわけじゃないんだ、これマジで信じてくれ」


「うぅ〜……」


 夜々子はカーディガンの隙間から、じとっとした目を向けた。

 昼介は視線をそらして、ごまかすように言った。


「や、でも夜々子、今後のデートのこと考えててくれたんだな。

 またデート行ってくれるって思ったら、うれしいなー」


「ばかー!」


 夜々子はカーディガンをぶんぶん振って、昼介をぺちぺち叩いた。

 真っ赤になってぐるぐる目で、夜々子はうなった。


「……プール行きたい」


「は?」


 やけくそのように、夜々子は叫んだ。


「プール行く!! 次のデートはプール行こう!!

 こうなったらもうとことん脱いでやる!!

 肌じゃなくて、もっと出すとこ出して昼介くんを悩殺するんだー!!」


「落ち着け夜々子!? 言ってることめちゃくちゃだぞ!?」


 夜々子はジト目で。


「昼介くん、わたしの水着なんて見たくない?」


「いや見たいか見たくないかで言えば見たいけど!?」


 夜々子は自分の体を隠すように抱きしめた。


「えっち……」


「誘導尋問だーッ!!

 えっこれおれが悪い流れ!? またおれが悪い流れなの!?」


「わたしの肌を変な目で見た」


「ごめんおれが悪い流れだったな!! 元はといえばおれが悪かった!!」


 しっちゃかめっちゃかな流れで、次はプールでデートすることになった。

 ちなみにこの後、二人して授業をサボったあげく体操服で戻ってきたことに対して、クラスメートの間でちょっとした騒ぎになったが、それはまた別の話。




   ◆




 夜。夜々子。自室。


「勢いでとんでもない約束しちゃった……」


 枕に顔面をうずめて、夜々子は脱力していた。


「プールって……二回目のデートがいきなりプールって……

 踏むはずだった段階を二十段くらい踏み外しちゃった気がする……」


 へんにょりと顔を上げて、枕の表面を見た。

 点々と血の跡。肌荒れがちょっとすれると、すぐに血がつく。


 夜々子は両手を目の前に持ってきた。

 いつも通りの、ざらざらの両手。


「……これ、エロく見えるの……?

 え、何、わたしって、全身エロい体してるの……?

 ……えぇー」


 しばらく、手のひらをながめて。

 それから、自分で言った単語を思い返した。


「悩殺……」


 しばらく、ぼーっとして。

 目の前の両手を、自分の両胸に当てて。

 昼間見た、夕奈那にじゃれつかれる昼介の様子と、その夕奈那の体型を思い返したりして。


「……あーあーあー、あーうー、うううういいいいあああああ」


 じたばた、もじもじ、じたばた。


「……寝よう」


 色々ともう考えるのはあきらめて、今日は寝ることにした。




 真っ暗な闇の中。

 夜々子は一人、たたずんでいた。


(あれ……? ここどこ? 夢?)


 きょろきょろと見渡す。

 何か、気配。


 ぞくり、背中があわ立った。

 それは魔力の高まり。

 正面、眼前、紫の炎。

 それに包まれる、正確には全身から常に紫の炎を発し続ける、大男。

 その男は夜々子を見つめ、無言で歩み寄り。

 夜々子は、息が詰まる感覚に追い詰められながら、その男の名を呼んだ。


「魔王……ニグトダルク……!」

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