第12話 それもう付き合ってんじゃん
放課後、河原。橋の下。
夜々子はくるりと指を回し、魔法陣を呼び出す。
「
魔法陣は夜々子の体に張りつき、そのまま留まった。
「おおー」
昼介は感嘆の声を漏らして、様子を見守った。
魔法陣は数分経って、消えた。
「まだ、このくらいしか、できないけど」
「でもちょっとは維持できてるし、あるとないとじゃ全然違うぜ。
一緒にいないときに魔物が来そうになっても合流する時間がかせげるし、夜中に来てもなんとかできそうだ」
言って、夜々子の返事がなくて、昼介は夜々子の顔を見た。
夜々子は顔を赤くして、うつむいた。
「わたし、昼介くんと、夜中でも会えるの……?」
「ちょっと夜々子は冷静になろうな?」
梅雨が深まり、湿度が服を肌に貼りつけてくる。
夜々子はカーディガンを脱いで、カバンの上に置いていた。
そこにともなったほんのちょっとの勇気を、昼介はきっと知らない。と、夜々子は思っている。
そして昼介もまた、自分が今どれほどドキドキしているか、夜々子はきっと知らないと思っている。
お互いに知らないまま、距離だけがまた、少し迫る。
◆
教室。男子グループ。
「一回整理するぞ? 昼介」
「ああ」
「こないだ、デート行ったんだな? 黒井さんと」
「おう」
「で、
「そーだよ」
「でも改めてコクる約束はしたと」
「具体的には決めてない口約束だけどな」
「そんで、黒井さんはそれにちゃんと応えたいと」
「そう言ってくれたな」
クラスメートはひたいに手を当て、天井を振りあおぎ、それから顔を戻して叫んだ。
「それもう付き合ってんじゃん!!」
「ちっげーの!! まだなの!! おれらの中ではまだなの!!」
叫び返し、ばんばんと机を叩き、それから昼介は、ふてくされたようにほおづえをついた。
「こんなぐだぐだで、ハイ付き合いましたってしてたまるかよ。
マジで大事に思ってるし、特別な思い出にしたいって思ってんだよ」
取り巻いていた男子たちは、はぁーと感心したような、あきれたような声を出した。
同じく教室、女子グループ。
「一回整理するね? 夜々子ちゃん」
「う、うん」
「こないだ、デート行ったんだね? 白木くんと」
「うん」
「で、告白まではされてないと」
「未遂で」
「でも改めてコクられる約束はしたと」
「あの、うん、いつとかどことか具体的なことは決めてないけど」
「それで夜々子ちゃん、きちんと告白に応えたいって伝えたと」
「あの、はい……言いました……」
クラスメートはひたいに手を当て、天井を振りあおぎ、それから顔を戻して叫んだ。
「それもう付き合ってんじゃん!!」
「あの……まだです……まだなの……わたしたちの中では、まだだから」
真っ赤になってうつむいて、夜々子はカーディガンのそでで顔を隠した。
「だって、昼介くんが、特別な思い出を作りたいって、言ってくれたから。
付き合い始めた記念日は、その日の方が、いいなって思うし」
取り巻いていた女子たちは、はぁーと感心したような、あきれたような声を出した。
このときの、クラスメートの大半の心情。
(((はよ付き合えや……)))
本人たちの預かり知らぬところで、クラスの男女の団結力が上がっていた。
◆
休み時間。
窓の外は、この梅雨の時期には貴重な快晴となっていた。
昼介、トイレに行って、教室に戻る途中。
廊下の角からこそりと顔を出して、ちょいちょいと手招きする人影が見えた。
パズル部部長、ゆななん先輩こと青山夕奈那。
「なんすか、先輩?」
招かれるまま、昼介は廊下の角を曲がって。
「どりゃーっ野生の昼介くん一匹確保ーっ!」
「おわーっ!?」
昼介は夕奈那に組みつかれて、廊下に押し倒された。
夕奈那は昼介をしめつけながら泣きまねをした。
「あのさー昼介くん! アタシさぁデートの報告いまだになんっにも聞いてないんだけどー!
もう何日経ったと思ってるのさー昼介くんなんにも言わないし! ややちゃんも聞いても照れるばっかりだし!
デートの服の相談まで受けてさーアタシの扱いひどくない!? 泣くよ!?
このまま昼介くんが何も言ってくれなかったらアタシ先生に昼介くんが学校にヨーヨー持ち込んでるって言いつけちゃうよ!?」
「今日は持ってきてないですって! ちょ、めっちゃ密着、いやギブギブギブ! 苦しいっす!」
夕奈那はぱっと解放して、昼介はげほげほと咳込んだ。
それから夕奈那にせっつかれて、デートの日の流れを説明した。
「……それ、もう付き合ってるんじゃない?」
「うちのクラスメートと同じこと言わんでください。一年生と同じ思考レベルでいいんすか?」
夕奈那はわははと笑って、それから神妙な顔を作った。
「いやね、アタシもややちゃんには自信持って恋愛とか楽しんでほしいって思うし、昼介くんもいい子だって分かってるんだけどさー。
昔っからかわいがってきたわけだし、それをアタシからしたら急に出てきた昼介くんに取られちゃった感じで、こー見えて案外さみしい気持ちだってあるんだからね?」
「それは……えっと」
複雑な表情をした昼介を見て、夕奈那はにっかと笑って、飛びついてきた。
「そーやってさーそこで申し訳ないって思うあたり、やっぱ昼介くんはいい子なんだよー!
本音を言えば逐一どうなったか聞きたいんだけどさ、ややちゃんももう子供じゃないし、もう二人に任せることにする!
まーアタシ保護者でもなんでもないんだけどねー!」
「ちょちょちょ、ゆななん先輩そうやってすぐくっつく、なんか髪に入れてきてるし!?
あのちょっと、当たってる、やわらかいの当たって、聞いてますか!?」
「そー言って昼介くん、まんざらでもないんじゃないのー? うりうりー」
「いやあの、えっと」
「はいどもったー! どもりましたー! 即答できないってことはそうなんだーややちゃんに言いつけちゃおー!」
「いやちょっと勘弁してくださいよゆななん先輩!?」
夕奈那はそこでぱっと離れて、にししと笑いながら廊下を数歩下がった。
「ま、言いわけはアタシじゃなくて本人にしなねー。おねーさんは応援してるぞー」
ウインクして、意味深に自分のくちびるを指でなでて、昼介の背後の方に視線をやってから、夕奈那は去っていった。
意味が分からないまま、昼介は振り向いた。
夜々子が、じとっとした目を向けて、たたずんでいた。
「……別に、ゆななんがああいうスキンシップをよくするの、知ってるので。
わたしはそれに対して、なんにも思ったりしませんので」
「え、ちょ、おれが悪い流れ!? おれが悪い流れなのこれ!?」
とにかく平謝りして、昼介は夜々子に近づいた。
夜々子はすねたように息を吐いて、それから切り替えて、言った。
「魔物が来るよ、昼介くん」
言われて、昼介も切り替えた。
「マジか。次の授業サボらなきゃいけないかな」
「わたし一応、ヒナちゃんとかカスミちゃんにお腹痛いって言っといた」
「おっけ。速攻終わるのが一番だけど、出たとこ勝負だな」
二人は並んで駆け出した。
駆けながら、ふと昼介は髪の毛の中をさぐった。
夕奈那に入れられたものを取り出して、確認して。
「なあ夜々子、もしかしてくちびる乾燥してる?」
「え、なんで?
あの、うん、梅雨だから油断してたら、晴れて湿度が下がってきちゃったし」
昼介は手に持ったものを差し出した。
リップクリームだった。
「……んもう。ゆななんったら、回りくどい渡し方するなあ。
これ、アニメの限定コラボのやつで、なかなか買えないって言ってたやつだし」
夜々子は受け取って、くちびるに塗った。
走りながら、その様子を、昼介は見た。
さっき夕奈那が見せた、意味深にくちびるをなでる仕草。
そのイメージが頭の中に残って、今目の前にある夜々子の、クリームでつやめくくちびるの色をつい意識してしまって、昼介は目をそらすように前を向いた。
並んで走る。
心臓が高鳴ったのは、戦いに向けての高揚とは、違う気がした。
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