第10話 特別なきみと並んで
日は高く、真昼。
ちょっとした売店でホットドッグなどを買って、芝生に二人並んで座って、昼食にした。
「ここから近いところにおいしいハンバーグの店があってさ、ちょっと前に家族で食べに来たんだよ、おれの誕生日で。
そんでここにも寄ってさ、ちょうど大道芸でヨーヨーやってる人が来てたから。
そのときに花壇を見て、覚えてたから今日来る場所に決めたんだ。
そのときはパンジーももうちょっと咲いてたけど、それより梅の方がしっかり咲いててさ」
「昼介くん、誕生日近かったの?」
「三月生まれなんだよ、おれ」
「えっ?」
夜々子は驚いた顔をした。
「わたしも三月だよ」
「マジ? 何日?
おれは十五日だけど」
「えっ!?」
夜々子は目を丸くして、口を両手で押さえた。
「うそでしょ、わたしも十五日だよ」
「えっ? 同じ誕生日? マジで?」
言ってから、昼介は合点がいったように空を見上げた。
「あー、でもほとんど同時に生まれ変わってるんだもんなあ。
そりゃ同じ誕生日にもなるか」
「あ……そっか」
言って、夜々子は目を伏せた。
「偶然じゃないんだ……」
その様子を見やって、昼介は少し考えて、言った。
「まあでも、順番は分かんないけどな。
魔王と勇者が生まれ変わっておれらが生まれたんじゃなくて、もともとその日に生まれる予定だったおれらに、魔王と勇者が入り込んだって流れかもしれないし」
「あ……」
夜々子は思い出したように、声を出した。
「わたし、出産予定日より三週間も早く産まれたって聞いたよ。
本当なら四月生まれで、ひとつ下の学年になるはずだったって」
「え、マジ?」
昼介は夜々子の顔を見つめて、言った。
「それって、つまり。
魔王が生まれ変わったから、産まれるのが早くなったかもしれなくて。
そうでなかったら、おれら同じ学年じゃなくて、出会うことすらなかったかもしれないってこと?」
「わ、分からない、けど……そうかも」
自信なさげな夜々子に対して、昼介は考え込むように顔を伏せた。
口元に手を当てて、表情を隠すようにして。
「それは……その、これ言ったら、夜々子には悪い気がするけど」
ちらりと向けられた昼介の視線に、夜々子はとまどいながらも、言葉の続きを待った。
昼介は考え考え、言葉を続けた。
「その……おれらが出会うチャンスを、くれたんだったら。
魔王が夜々子に生まれ変わったのも、悪いことばっかりじゃなかったんだなって」
言ってから、昼介はあわててまくしたてた。
「いや! こんなこと言っちゃいけないな! 夜々子には災難なんだし!
魔王の生まれ変わりでよかったとか、そんなこと!」
「ううん」
夜々子は首を振って、それから、もじもじした。
「あの……そう言ってもらえて、わたし、けっこう、あの、だいぶうれしい、かも。
わたしと出会ってよかったって、昼介くん」
目線を昼介に向けて、すがるような顔で言った。
「思ってくれてるって、ことだよね?」
「お……おう」
昼介は赤面した。
夜々子はもっと赤面して、うつむいた。
太陽は中天を過ぎて、一番気温が高い時間。
昼介は暑さを感じて、長袖を脱いだ。
夜々子はそわそわしながら、服は脱がずにそのままでいた。
しばらく、二人で並んで、芝生の香りやボール遊びなどをする
ややあって、昼介は口を開いた。
「あの……さ。今日、もうひとつ、行きたいとこ、あってさ」
夜々子は、昼介の顔を見た。
昼介は、視線を返さずに、ずっと正面を見て、なんだかからからの口で、言葉を続けた。
「この公園の、向こうの端の方に、展望台があってさ。
そこがさ、縁結びのパワースポットだって、話があってさ」
昼介の言葉が、やけに夜々子の中心に入り込む。
周りの喧騒が、遠い。
「そこで……言う、から」
言う。
言う?
言うって何を?
縁結びのパワースポットで、そんなに改まって、言おうとしていることって。
「あ、あの」
夜々子は真っ赤になって、目をぐるぐるさせて、ペットボトルのお茶を取り出して、ごっごっごっと一気に飲んで、飲み干して、そしてむせた。
「や、夜々子、大丈夫か?」
「だ、だい、けほっ、だいじょ、けほけほ、大丈夫じゃ、ない、ないけどっ」
夜々子は真っ赤なまま、胸を押さえて、昼介の顔を見れないまま、言葉を続けた。
「え、今? 今すぐ? 今から、え、ちょ、え」
「や、急がないけど……てか、無理ならやめとくけど」
「や」
夜々子は昼介の服のすそをつかんだ。
「行く、行くよ、行くけど、ちょっと、待って、時間、今すぐは、無理、無理だから」
「お、おう……待つよ」
「や、やっぱり、すぐ、行こう、これ、時間、空けたら、もっと無理、口、からからで、干からびて、死んじゃいそう」
「マジで夜々子、大丈夫か? やっぱりまた今度に……」
「行く!!」
顔を上げた夜々子から、存外に大きな声が出た。
相変わらず目はぐるぐるしているけど、その視線はしっかりと昼介をとらえて、そして夜々子は、告げた。
「あの、行き、たい、です。
わたしは、逃げない、と、思います、ので」
昼介は夜々子を、そのなけなしの勇気を振りしぼったといわんばかりの様子を、見た。
そして立ち上がり、二人で連れ立って、歩き出した。
二人ともガチガチに緊張して、しっかりと手をつないでいることに、どちらも気づかないままで。
「その展望台ねー、老朽化の修理してるから、今は入れないよー」
立ち入り禁止の看板の前で、散歩していたおじいちゃんに言われて、二人はすごすごと引き返した。
気の毒そうなおじいちゃんの視線が、痛い。
日が傾いて、夕焼けに染まり始めた。
昼介と夜々子は、緑地公園から駅までの道のりを、とぼとぼと歩いた。
「なんか……マジでごめん」
「ううん、全然そんな、パンジーうれしかったし、楽しかったよ」
昼介は目元を手でおおって、空を仰いだ。
「ホント最悪だ……ちゃんと下調べしときゃ分かったじゃんよーおれさー。
こういうとこ詰めが甘くて、自分でがっかりするよ」
昼介は本当にくやしそうで、昼間見たより、なおがっくりきているようで。
夜々子は思わず、吹き出した。
「なんか、安心したよ。
昼介くんって、いろいろすごくて、なんでもできちゃって、わたしなんか全然並べないような人な気がしてたから。
人間味のあるところを見れて、身近に感じられたよ」
「おれってそんなふうに見られてたの?
全然すごくねーよ、ダメダメなトコなんていっぱいあらぁ」
言い捨てて、それから昼介はふと、真顔になった。
「まあでも、こうしたい、って思ったことは、あきらめずにやるようにはしてるよ」
夜々子の視線の先で、夕日に照らされた昼介の顔は、なんだか大人びて見えて。
立ち止まり、昼介は夜々子に、向き直った。
「また今度、きちんとシチュエーション整えて、言うよ。
前世とか関係なくて、特別な存在だと思ってるから、特別な思い出を作りたいんだよ」
夜々子は足を止めて、つい息も止めて、昼介に見入った。
それから目をそらして、赤面して、言った。
「あの、それ、ほとんど言ってるのと、変わらないと、思います」
「や、まあそうなんだけど、けじめというか」
互いに赤面して、それぞれ反対方向を向いて。
それから夜々子は、しっかりと告げた。
「でも、ありがとう。
それだけ大切に思ってくれてるのは、うれしいよ。
とまどう気持ちもあるけど、昼介くんがそれだけ思ってくれてること、わたしはちゃんと、応えたい」
そして、夜々子はもじもじした。
「なので、あの、わたしは逃げも隠れもしない、ので。
言うときは、あの、お手やわらかに、お願い、します」
「お、おう」
しばらく、もじもじした空気が続いて。
やがて二人は、また歩き始めた。
日は沈む。
日曜日が終わり、またいつもの日常に戻る。
その日常は、きっとかけがえのないもので。
触れそうな距離の二人の手は、まだ意識して握り合うのは無理だけれど。
このままずっと、並んで歩き続けられたら、いいと思う。
前世の呪われた因縁に、追いつかれてしまわないように。
【第一章「白木昼介と黒井夜々子」終わり
第二章「今世の恋と前世の呪い」に続く】
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