第9話 きみに喜んでほしいから
日曜日。午前十時。その四十分前。駅前。
今は長袖がちょうどいいけれど、真昼になったら邪魔かもしれない、そんな気候。
白木昼介は、そわそわしていた。
一分おきくらいにスマホを見て、時間を確認して、そういえば腕時計もつけてきたからそっちを見ればいいと思い至って、でもメッセージが入るかもしれないからとやっぱりスマホを見て、そんな繰り返し。
そして、約束の時間の三十五分前になって。
「ごめん昼介くんー! 待った!?」
「あ、いや全然、おれが早く来すぎただけ――」
昼介は声の方向に顔を向けて、夜々子の姿を見つけて、そして言葉を途切れさせた。
昼介におしゃれは分からない。
自分の服装にしたって、腕時計をつけた方がかっこいいかなとか、帽子もかぶったらもっとキマってたかもしれないけど、大爆発天然パーマが邪魔で収まりが悪いとか、そのくらいのものだ。
だからまして、女子の服装の良し悪しなんて、分かるわけがないけれど。
目の前に現れた夜々子の、全体的な色合いは暗めなのだけれど、たぶんシルエットとかワンポイントとかなんかそういう工夫をこらしたよそおいの、その全体的な仕上がりを見て。
「……かわいいな」
昼介の前で立ち止まった夜々子は、ボッと赤面した。
「そ、そういうの、面と向かって言ってくるの、あの、反則、だからっ」
「あっごめんっ、つい口に出てた、いや言っちゃ悪いわけでもないんだけど」
二人して赤面して、夜々子はその場でしゃがんで、両手で顔を隠した。
「今日の服装は、ゆななんのコーディネートなので。
見た目がよく見えるのは、ひとえにゆななんのセンスです」
「……いや……素材のよさだろ」
「そういうこと! 言うの! ほんと! 反則! だから!」
「ごめんつい口に出てた!」
それから、昼介は目をそらした。
「いや……ウソだけど。
おれが言いたくて、意図的に口に出したけど」
「……あぅぅぅ」
蒸気が出るほど赤面して、しばらくそんな感じで、やがて二人は連れ立って、電車に乗った。
デートの始まりである。
◆
郊外、緑地公園。
様々な草木が植えられていたり、のびのびと遊べる芝生の広場があったり、そんなところ。
五月の日差しが心地よい。
「バドミントンとか、持ってくりゃよかったかなあ」
「行きたいところって、芝生の方じゃないんだね?」
「花壇の方にな、行ってみようと思うんだ」
「昼介くん、お花に興味あるの?」
「興味っつーか、まあ、なんだ」
歩きながら、昼介は照れくさそうに言った。
「おれが行きたいっていうのは、ウソでさ。
夜々子にちょっとでも楽しんでもらいたいって、おれなりに考えてみたんだよ」
「……あの、昼介くんって、なんでそういうこと、へっちゃらに言えるの?」
「いや……」
昼介は、目をそらしたまま。
「これでも、へっちゃらでは言ってねーよ?」
花壇。
昼介が連れてきたのは、パンジーの区画だった。
シーズンの終わり際で少しさみしくなっているけれど、色とりどりの花が規則正しく並べられて、モザイクアートのようにデザインを形づくって。
「この見た目がさ。パズルみたいだって、思ったんだよ。
夜々子の好きなもの、よく分かんなくてさ、でもパズル部に誘ってくれたくらいだし、パズルは好きなのかなって、こういうの喜んでくれるかなって。
終わりがけで、人も少ないから、こないだ人混みを気にしてたふうだったから、ここなら夜々子も気兼ねなく楽しめるかなって」
花壇を見つめる夜々子の隣で、言い訳をするみたいに、昼介はしゃべった。
「考えてみたら、これくらいしか夜々子のこと、知らないんだなって。
夜々子に楽しんでほしくてさ、考えれば考えるほど、夜々子のこと知らなすぎるって思うよ。
なんか、情けなくってさ……」
昼介は、夜々子の横顔を見た。
夜々子は、自分のほっぺに両手を当てて、うつむいて、その表情は困惑していて、でも瞳はきらきらしていて。
「ちょっと、これ、わたし、どうしよう、あの、思った以上に、うれしくて。
昼介くんが、そこまで考えて、わたしのために、考えてくれたんだって、思ったら」
夜々子は、ゆるゆるとしゃがんだ。
そのまま、尻餅までついてしまった。
「どうしよう、ひざが笑って、立てない、立てないよ、昼介くん。
こんな、うれしすぎて立てないなんて、そんなこと、ある?」
うるんだ瞳で、夜々子は昼介を見上げた。
昼介は、ちょっと圧倒された顔をして、それからひとつ息をついて、夜々子の隣で、どっかと地面にあぐらをかいた。
「こうやって低い目線で見る花壇ってのも、オツじゃねーの?
人も少ないし、開き直って花見といこうぜ」
昼介はニカッと笑ってみせた。
それから、ひたいに手を当てて空を見上げた。
「しまったなー、これアレじゃん? 尻の下にハンカチ広げて敷いてあげるシチュエーションじゃん?
デートシチュで見たことあるよ、先に気づいてたらやったのになー」
その昼介の顔は、本当にくやしそうで。
見ていた夜々子は、なんだか気持ちがほぐれて、ふふっと笑った。
「そんな、お尻が汚れるくらい、気にしないよ。
あ、でもこの服、ゆななんの借り物だった」
「あー、おれから先輩に謝るよ」
「ゆななん、おわびって言ってなんか無茶振りしてきそう」
「はは」
昼介は快活に笑った。
「無茶振りのひとつくらい、喜んでやっちゃうかもなー。
おれもさ、こんなに喜んでもらえて、腰が抜けるくらいうれしいんだ。
代わりになんかひどい目見るくらいしないと、バチが当たりそうだよ」
花壇のパンジーは、終わりがけでわびしいけれど。
二人の目線と同じ高さで、日の光を浴びて、なんだかほこらしく輝いていた。
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