第8話 何着ていこう
学校は、いつも通り続く。
デートの約束をされてから、夜々子の目で見て、昼介は特に変わらず……と、いうわけでもなかった。
冷たい。のではない。よそよそしい。そんな感じ。
「防御とか回復とか、いろいろ使える予定の魔法はあるけど、おれはとりあえず光の剣をもっと大きく出したいよな。自分で練習してみたけど、細長くしたり平べったくしたりとか、ちょっと形を変えることはできそうな気がする。
夜々子は魔法を長く維持できてないから、それがなんとかできるとよくて……」
二人で魔法の練習をしていても、なんだか他人行儀に感じる。
たぶん、勢いでデートの約束をしたはいいけど、やっぱり気まずくなった、のだと思う。
なら、あれはやっぱりナシで、なんて言い出すかとも思っていたけれど。
「日曜は……駅に集合で。電車に乗って、行きたいトコ、あるんだ」
「……あぅ」
ナシにはなりませんでした。
家に帰って、夜々子は目をぐるぐるさせて、なんとか冷静に考えようとして。
そして、はたと思い当たった。
「デートって……何着ていけばいいの……?」
かさついた肌をなでながら、夜々子は途方に暮れた。
◆
「で、アタシのところに頼りに来たと」
「あぅ……ご教授ください、ゆななん」
パズル部部長にして夜々子の幼なじみ、青山夕奈那の自室。
完成済みのジグソーパズルがいくつも壁に飾られていて、床には作業台と、作り始めのパズルが置いてある。
その床にあぐらをかいて、夕奈那は腕を組んで、わざとらしく口をへの字にしてうなった。
「うーんそうかーいよいよ二人はそういう関係に進んでくのかー。
いやまー最初から野次馬根性で期待してたしさー、ややちゃんがそういう相手見つけてくるの素直にうれしかったし、昼介くんもいい子だけどさー。
うーんいざ本当に進行されるとアタシのややちゃんが取られちゃうーって、んあー複雑な気分だなー!」
「まだそんな、取られちゃうとか、わたし昼介くんのものになるとか、そんなんじゃないから」
夕奈那の正面で、夜々子はわたわたと手を振った。
「ただ、わたしが悪いことして、そのおわびにデートするってだけだから。
だから別に、昼介くん、わたしのこと、好きってわけじゃ、ない、かも……しれない、し……」
言いながら、夜々子は声が小さくなって、うつむいてしまった。
夕奈那はその顔を見て、ひたいを指で押して、顔を上げさせた。
「いやいや、どー考えてもややちゃんのこと好きでしょ、昼介くん。たまに部室に顔出すの見てるだけでもさー、ややちゃんのこと女の子として意識してるなーって思うことあるもん」
「それは、あの……うん……」
夜々子はひたいを押されたまま、もじもじした。
「昼介くん、わたしのスカートめくったら、楽しいみたい、だし……」
「あんたら普段何やってんの?」
めくってないよと夜々子はあわてて否定して、夕奈那はへんにょりと脱力した。
夜々子はまたうつむき加減で、ぽつぽつとしゃべった。
「でも、わたし、いいのかなって、思っちゃうんだよね……昼介くんのそばにいて、どうしても迷惑、かけちゃうし、それに……」
前世のこと。それから。
夜々子は自分の手を見下ろした。
やけど跡のような、ぼろぼろの手。
「まーそりゃさー、ややちゃんが昔っから自己評価低いのは、分からんでもないよ?」
夕奈那は夜々子のほっぺたを、ぷにぷにとつついた。
指先には、ざらりとした感触が伝わる。
「けれどさーややちゃん。それで自分のこと否定してばっかじゃ、昼介くんがいたたまれないなーってアタシゃ思うわけですよ。
アタシも一か月やそこらで昼介くんのこと分かりきっちゃいないけどさ、まー悪い子じゃないと思うよ。
ややちゃん自身、別に悪い気はしてないんでしょ?」
「それは、えと……あの……」
夜々子は赤面して、もじもじした。
夕奈那はふーむと考えて、それから床にあるパズルのピースを、ひとつ、ふたつ、拾いながら。
「割れ鍋に割れぶたって言葉、あるじゃんか。あれ、閉じ鍋だったっけ?
ともかくさ、ぴったりハマる相手っているもんだと思うよ。こんなふうにさ」
両腕を夜々子の方に伸ばして、その手にひとつずつピースを持って、夜々子の目の前で、組み立ててみせた。
ピースはぴったりとはまった。
「パズルのピースが余ったりしないみたいにさ。自分に合う相手がいるって、それが昼介くんかもしれないって、一度信じてみてもいいんじゃない?」
ピースの向こう側で、夕奈那はにぃっと笑ってみせた。
夜々子はそれを見て、パズルのピースを見て、それから自信なさげにうつむいた。
「パズルのピースだったら、わたしは、カドのピースじゃないかなって、思うよ。
ゆななんみたいに元気でみんなの真ん中にいたりできないし、隅っこであんまり他のピースとつながったりできないような、そんな感じの」
「カドのピースねー、アタシはそれもいいと思うけど」
夕奈那はカドのピースを拾い上げて、作業台の上に置いた。
「カドのピースはさ、目印なんだよ。真っ先に場所を決めて、他のピースが迷わないように、ここにいるよって、ここにつながってって、二本だけの手をめいっぱい伸ばすの。
ややちゃんもそうだよ。ややちゃんが昼介くんを引っぱって、パズル部に連れてきて、アタシたちとつながりができた。
ややちゃんがここにいて、手を伸ばしたから、その縁ができたんだよ」
夕奈那はにっこりと、笑ってみせた。
夜々子はその顔を、まじまじと見つめた。
「目印……手を伸ばして……」
夜々子のタレた目の奥で、瞳がとまどうように、けれどいくらかきらめいて、揺れた。
その表情を見て、夕奈那は一瞬、いつくしむように笑みを深めた。
それから夕奈那はにっかと破顔して、手を打った。
「よっしゃ! それじゃあ本題に戻って、デートの勝負服! ちゃちゃっと選ぶよ!
ややちゃんはアタシとそう背が変わらないから、アタシの服も着れるでしょ!」
「えっえっ?」
夕奈那はクローゼットをばんばん開いて、ぽいぽい服を引っ張り出した。
「うーんややちゃんはやっぱりフェミニンに攻める方がいいかー? でも昼介くんの感じだと、ちょっとスポーティーに寄せた方がウケがいいかもなー。いっそロリータとか強気にいっちゃう手もあるかー!?」
「あ、あの、ゆななん、白い服は、ダメだよ。肌荒れから血が出て、染みになっちゃうかもしれないから」
「いいっていいって! ややちゃんの血で汚れるくらい、アタシは気にしないよー!」
「あ、あの、そうじゃなくて」
夕奈那は夜々子の顔を振り返った。
夜々子は顔を赤くして、うつむいて、口元を両手で押さえて、ぼそぼそと言った。
「その……血がつかないか、気にしながら、デートするの、イヤだから。
やるならちゃんと、昼介くんと、向き合って、楽しみたいって……あの、思うから」
夕奈那は、ぽかんとした顔で夜々子を見た。
そのまま表情を作れないまま、口から言葉がこぼれた。
「かわいいなぁ、ややちゃん」
「あぅぅ……」
その後しばらく、夜々子は着せ替え人形になり。
身長はそう変わりないが、一部分のでっぱりの差異で合わない服があったりして、夜々子をどんよりさせたりしたが、その話は割愛で。
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