第6話 もしも、出会っていなかったら

 日曜日。河原にて。


「ほっ」


 昼介の右手から、ヨーヨーが飛び出し。

 前方に投げ出されてから折り返し、昼介の胸元でくるりと反転し、また前へ、戻ってきて、また前へ。


「よっと」


 一度キャッチしたヨーヨーを、今度は下へ。

 ひもが伸びきった状態でヨーヨーは静止、空回りする音を響かせながら。

 昼介はひもを指で拾い、両手に絡めて、複雑な形を作った。

 そして崩し、右手を引いて、キャッチ。


「わぁ……!」


 夜々子は目を輝かせ、パチパチと拍手した。


「すごい、かっこいい!

 かっこいいよ昼介くん! かっこいい!」


「よせやい夜々子、照れるじゃねーか」


 照れくさそうにもじゃもじゃ頭に手を置いてから、昼介は言った。


「来週な、小規模だけど競技会があるんだよ」


「うん」


「だから、魔法の練習はできないんだけど」


「うん」


 昼介は、まっすぐに夜々子に向き直った。


「用事とかなかったらさ、夜々子、応援に来てくんねえ?」


「うん……えっ!?」


 流れで返事をしていた夜々子は、タレ目をぱちくりさせた。

 昼介は話を続けた。


「競技会は隣の市でちょっと遠いしさ、別々のところにいたら、魔物が出たとき対応できないだろ?

 だから、一緒にいてくれた方が安心なんだよ」


「ああ……そういうこと……」


 納得しつつ、夜々子は露骨にしょんぼりした。

 昼介はその顔を見やり、それから目をそらして言った。


「や、ちょっとウソついた。

 ホントは夜々子が応援に来てくれると、おれがうれしいってだけ」


「……あぅ」


 少しずつ、暖かさが増してきた。

 月は替わり、五月。




   ◆




 隣の市。町のおもちゃ屋さん。

 敷地内に、競技や催し物をやるスペースがあって。


「えー、店長です。

 今日は練習の成果を出してね、みんなで盛り上がっていきましょうね。

 順番にやってくので、あと隣の喫茶店で割引メニューとかテイクアウトとかあるので、楽しんでってね」


 おもちゃ屋店長がマイク越しにボソボソと喋って、参加者はワイワイ盛り上がった。

 その中には、昼介もいて。


「夜々子、大丈夫か?」


「あ、うん、大丈夫だよ、気にしなくて」


 言いつつ、夜々子はそわそわしていた。

 人と人との距離が近い。

 夜々子は縮こまりながら、きょろきょろした。


「もしかして夜々子、人混み苦手だった?」


「あ、ううん、違うの、でもごめん、すみっこに行ってていい?」


 夜々子は自分の腕をかかえるようにしている。周りと触れないよう気を遣っているみたいだ。

 こないだほっぺを引っぱったときのことを思うと、肌が触れて血をつけたりするのを気にしているのかもしれない。昼介はそう理解した。


「おっけー、おれも行くよ」


「あ、いいよそんな、悪いよ」


「おれの出番はもう少し先だし、おれの勝手で来てもらったのに、一人でいてもつまんねーだろ、夜々子」


 そうして、二人は隅っこに行って。

 喫茶店で買ったフライドポテトを食べながら、昼介は競技スペースのプレーを解説した。


「……今の技は見た目は派手だけど、難易度はその前の技の方が高くて。

 っておいおい、マジかよ。あの技あんなキレイにハマるもんなの?」


 プレーを終えた大学生くらいの人に、昼介は声をかけて。


「あっシュンゴさーんお久っす! 今日バチバチにキマってたっすね!」


「やあ昼介くん、今日は彼女同伴なの?」


「や、まだそんな関係じゃなくってですね。

 いやそれより、最後のあの技、精度エグくなかったっすか?」


 そんな様子を、夜々子は横でながめた。


(昼介くん、歳上の人とも、堂々と話してて、すごいな。

 それに……とっても、楽しそう)


 中学に上がってから、放課後や休日のかなりの時間を、昼介と過ごしてきた。ずっと見てきた。

 その中で、こんなにも楽しそうな昼介の姿は、あっただろうか。

 そう、考えようとしたけれど。


(あの……待って、今、昼介くん、『まだ』って言ったよね?

 彼女同伴かって聞かれて、『まだ』そんな関係じゃないって、あの、そう言った?)


 思い至ってしまって、夜々子は目をぐるぐるさせた。


「夜々子」


「ひゃいっ!?」


 昼介に声をかけられて、夜々子は飛び上がった。


「ごめんな、こっちで話し込んでて。

 もうすぐ出番だから、おれスタンバってくるけど」


「あ、うん、応援してるね。

 ごめんだけど、この位置で」


「いいよ、無理して前に来なくても。

 夜々子が応援してくれるだけでうれしいからさ」


「あぅ」


 一度手を振ってから、昼介は競技スペースへと向かった。

 そこでスタンバイしながら、他の競技者と、やっぱり楽しそうに話してて。


(やっぱり、すごいな、昼介くん)


 そう、夜々子は思って。


 魔物の気配。


(ウソ、でしょ)


 夜々子は辺りを見回した。

 競技者と観客。一般客も。

 この場所自体は大都市というわけではなく、ちょっと探せば人目につかない場所はすぐに見つかる。

 ただ、急いで移動しなければ。


(昼介くん)


 見やる。

 笑っている。楽しそうに、談笑して、きらきらとして。

 上げようとした夜々子の声は、結局、出せなかった。


(もしも、わたしと出会っていなかったら)


 魔王と再会していなかったら。

 きっと、魔物と戦うなんてことはせず、魔法の練習だってせず、ずっとヨーヨーの練習をして、友人と、夜々子以外の誰かと、笑い合っていたのだろう。


 夜々子のかかとが、一歩下がった。

 そして体は、向きを変えた。


 きっと、昼介は怒る。

 そのくらい、夜々子だって分かっている。

 それでも夜々子の声は、最後まで、上がらなかった。


 夜々子は一人、走り出した。

 暗がりの中へ逃げ込むように。

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