第一章 白木昼介と黒井夜々子

第3話 一緒に頑張ろう

「一晩考えたんだけどさぁ」


 翌朝。

 学校、廊下のすみ、朝のホームルームが始まるまでの空き時間。

 昼介は腕を組んで、夜々子と向かい合った。


「これからも魔物が来るかもしれないとして、普通の魔物は問題ないよな。

 マウンテンイーターであれだったから、強くない魔物ならこっちに来てもなんにもできないだろうから」


「うん」


「でもアイツくらい強いの、もうちょっといたよな」


「うん……確かあれくらい強いのが、全部で六匹くらいいたと思う」


「しかも、復活するよな」


「うん……時間はかかるけど、何度でも生き返ったと思う、確か」


「なんとかしないと、これからずーっと襲われ続けるよな」


「ご、ごめん」


「いやいや! 黒井さんが謝ることじゃないって!

 むしろ魔王の気配を目指して来るんなら、危ないのは黒井さんじゃん。これからも急に出てきて襲われるかもしれないんだから」


「あ、それなんだけど」


 ちょこんと手を上げて、夜々子は発言した。


「わたしね、あのときなんだか、すごく落ち着かなくて。

 白木くんと……えっと、勇者といるからかと思ったけど、魔物を倒したあとは全然そわそわしなくて。

 もしかしたら、魔物が来る気配を感じてた、かもしれない」


 しばらく、昼介はぽかんと夜々子の顔を見た。

 夜々子はちょっとちぢこまって、一歩後ずさりした。

 その夜々子の両肩を、昼介はばん! と叩いた。


「それ、助かる! 魔物が来るの分かるんだな!

 じゃあ来そうになったら、おれが一緒にいて守ればいいな!」


「えっあっえっ、その」


「んじゃ当面はそうやってしのいで、それで時間かせいでる間に根本的な解決を」


「あ、あの!」


 夜々子が声を張って、昼介はきょとんとした。

 夜々子は中途半端に両手を上げて、驚いたようなおびえたような見開いた目を向けて、昼介に尋ねた。


「なんで、なんで信じてくれるの?

 わたし魔王だから、ウソついてるとか、思わないの?」


 昼介は、ぱちくりと夜々子の顔を見た。

 それから天井を見上げて、うーんと考えて、それからまた向き直った。


「そりゃ魔王ニグトダルクだったら、信じてないけどさ。黒井さんはニグトダルクじゃなくて、黒井さんじゃん?

 黒井さんは、信じていい人な気がする」


 夜々子はぽかんと、昼介の顔をながめた。

 昼介は頭をかいた。


「や、ちょっとウソついた。ホントはなんも考えてないだけ。

 だってさ、うれしいじゃん? 今まで前世のこと話せる人なんて、いなかったわけだしさ。

 おれと黒井さんはさ、元がどうあれ、同じ世界の話をできる、仲間なんじゃん?」


 昼介の言葉を、夜々子はろくに表情も作れないまま、繰り返した。


「仲間……」


 昼介は、にっと笑って、それからしゃべった。


「話を戻すけど、根本的な解決だけどな?

 前世のときにさ、転移ワープを邪魔する魔法、あっただろ?」


「あ……転移阻害アンチワープ……」


「そう! 人や物や場所に魔法をかけて、転移ワープの行き先にされなくなるヤツ!

 勇者サンハイトも使えたし、魔王ニグトダルクはもっと得意だったよな?」


「う、うん、でも今のわたしはたいした魔法使えないよ?」


「だから、鍛える。魔法を練習して、レベルアップするんだ。

 二人で一緒に特訓して、使えるようになろうぜ」


 いっそ、ワクワクした顔で、昼介は言い切った。


「おれたちでやる。

 おれたち二人でしか、できないことだぜ」


 その顔に向き合って、夜々子はどんな表情をしていたか。

 後から思い返して、とても間の抜けた顔をしていたんじゃないかと、夜々子自身は思った。


「……もうホームルームが始まるな。教室に戻らなきゃ」


 昼介は教室の方へ向き直って。


「あ、あの!」


 夜々子に呼び止められ、振り返り。


「昨日、いろいろあって、言いそびれたから。

 マウンテンイーターから、助けてくれて、ありがとう!

 あの、噛まれた腕、大丈夫だった?」


 昼介は夜々子の顔を見つめた。

 それからにいっと笑って、左腕をぶんぶん振ってみせた。


「全然平気。牙が刺さったわけでもないし、一応治癒ヒールの魔法も使えるしね。

 絆創膏貼るのとどっちがマシかってレベルだけど」


 そして昼介は、いたずらっぽい表情を作った。


「や、ちょっとだけウソついた。ホントはちょっとアザができてて、まだ痛い。

 だから、黒井さんが噛まれなくて、本当によかった」


 息を忘れたように見つめてくる夜々子に、昼介は笑いかけた。


「帰りでいいから、連絡先も交換しような。

 夜中に魔物が出たりしたら、困るから」


 昼介はそして、改めて教室へ向かった。

 夜々子はその背中をながめて、しばらくじっとしていて、それから気を取り直して、自分も教室へ向かった。




 教室、男子の群れ。


「なーなー昼介ー、黒井さんだっけ? 話してたけど何? 仲良いの?」


「あー、ちょっと昔の知り合いで」


「彼女?」


「いやいや、そういうのじゃないから」


「なんだよー、とうとう昼介にも春が来たかと思ったのにー」


「おまえも彼女とかいねーだろーよ」


 女子の群れ。


「ねぇねぇ夜々子ちゃん、白木くんだっけ? 話してたけど何? 仲良いの?」


「えっと、ちょっと昔の知り合いで」


「彼氏?」


「いや、あの、そういうのじゃないよ」


「えーつまんなーい、いよいよ夜々子ちゃんも恋を知る季節かと思ったのにー」


「そんなの、わたし、ありえないから」


 そして授業。


 先生の話を聞きながら、夜々子はちらりと昼介に目をやった。

 中学授業の初日にして、昼介はもう、こっくりこっくり船をこいでいた。


 夜々子は視線をさまよわせた。

 頭の中に、友人に言われた単語が、ずっと残っていた。


「……彼氏」


 そして視線を落とした。

 机の上。自分の手。

 荒れて、赤くなって、ざらざらした、夜々子のいつもの手が、そこにあった。

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