第2話 魔物、来る

「えっとね、生まれ変わるのは成功したんだけど、赤ちゃんから始まってなんにもできなかったし、魔力も全然弱かったから。

 それで普通に育ってくうちに、ニグトダルクの意識が薄れちゃって、ただのわたしになっちゃった感じで」


 黒井夜々子くろいややこ。この春から、中学一年生。

 前世は魔王ニグトダルク。世界の支配を目指していたところ勇者サンハイトに追い詰められ、異世界転生によってこの世界に逃げ込んだ。

 ……そう、夜々子は記憶している。


「あー、おれもそんな感じだった。弱っちい状態で生まれ変わっちゃったのは、あの魔法陣がちゃんとしたヤツじゃなかったのかなぁ」


 夜々子と横並びに、公園の遊具に座って、昼介は考え込んだ。


 教室で会って、そこで話すのははばかられると思って、学校の用事が終わってから隣の公園で落ち合った。

 母親の写真ラッシュにつかまって、時間がかかってしまったけれど。


 昼介は夜々子に目を向けた。

 荒れた肌。タレ目。背は昼介よりは高い。

 背すじが丸まってるから、目線の高さは変わらないけれど。


 夜々子は少しきょどきょどしながら、しゃべった。


「わたし、ちょっと緊張してたよ。勇者が追いかけてきたのは気づいてたから、わたしだけ弱っちくて、勇者はちゃんと強かったらどうしようって」


「おれも思ってたよ。魔王が普通に強かったら一発で殺されちゃうなって。

 でもまあお互い弱くて、よかったよ。この世界で殺し合いとかしたくないし」


「うん……あ、あの、白木くん、わたしが言うのもなんだけど、そんなに簡単に信じちゃって、大丈夫?

 わたし魔王だし、弱いふりして、力を隠してるかもしれないとか考えないの?」


「あー……まあでも、簡単に信じてるのは黒井さんもだし、お互い様じゃん。強けりゃ魔力で分かるだろうし」


「まあ、うん……入学式のときから近くにいたはずなのに、教室で顔を合わせるまで気づかなかったもんね」


 夜々子は落ち着かなげに、しきりに手をかいている。


「ごめん、ちょっと、かゆくて、気になるよね」


「ああ、いや」


「ちょっと、待ってね、ごめん」


 夜々子は保湿クリームを出して、塗り始めた。

 視線を気にしているふうだったので、昼介は顔をそらした。


 この世界に生まれて初めての、おおよそ十二年の歳月を経ての、勇者と魔王の再開。

 それにしては、ドラマチックもへったくれもない状況だなあと、昼介は思った。

 そうして、手持ち無沙汰にあちらこちらを見ていて。


 少し離れた向こう。空中。魔法陣。

 魔法陣が、浮かんでいる。


「……えっ?」


「え?」


 昼介が声を上げて、夜々子が反応して、彼女もそれに気づいて、硬直した。

 前世の記憶を、昼介は思い返した。

 転生の魔法陣、は、違う。形が違う。

 あの形は。


「転移の陣……何か、転移ワープしてくる!

 何が!? どこから!? 前の世界か!?

 黒井さん!?」


「わっわっわたし、何もしてないよ!?」


 慌てる二人の正面、魔法陣から、それは姿を現した。

 それの生態を、昼介は前世で知っていた。


 名称、マウンテンイーター。

 形状は六本足の犬に似る。

 山を食らうというその名称を体現した巨体に加え、口から吐かれる火炎が強力な武器である。

 一体で国ひとつをも滅ぼすとされる最強格の魔物が、今この現代日本に降り立った。


 チワワくらいのちんまいサイズで。


「いや、ちっちゃ!?

 そこらにいたザコ魔物以下の迫力しかないじゃん!?」


「グルルルル……ガオーッ!!」


「うおーっ!?」


 襲ってきた。

 力は強くないし動きも速くはないけど、小型犬がガチで攻撃してきたもんだと思えば普通に怖い。


「くっ、ちょっ……えーい出てこい、聖剣ホーリーソードっ!」


 昼介の右手に魔法陣が出現し、光が集まった。

 かつて魔王へトドメを刺した武器、勇者サンハイトがもっとも得意とした魔法、すべてを切り裂く光の剣。

 それを振りかざし。


「えっえっ白木くんそれちっちゃくない!?

 鉛筆くらいの大きさしかないよ!?」


「うるせー!! これが今のおれの精一杯なんだよ!!」


「ガルルーッ!」


「うおーっ!?」ぶんぶん


「こ、子犬に棒を振り回してじゃれているふうにしか見えない……」


 夜々子がおどおどと見守る中、昼介はわりと必死に戦った。


(いや、でも前に試したときは、もっと小さくてつまようじくらいのしか出なかったぞ!

 魔力がちょっとだけ増えてる? なんで?)


 戦いながら、昼介はちらりと、夜々子に目を向けた。


(黒井さんと……魔王ニグトダルクと、出会ったから?)


 昼介が右手を大きく振り、マウンテンイーターは下がって距離を置いた。

 そしてグルルとうなり、それから首の向きを変え。


「えっ?」


「えっ?」


 魔物の視線の先、夜々子。


「ガルルーッ!」


「えっちょっえっ!?」


「マジで!? おれを狙ってんじゃねーのかよ!?

 くそっ、黒井さんー!!」


 とっさに動けず縮こまる夜々子に、魔物は飛びかかり口を大きく開けて。

 そこに昼介は飛び込み、左腕を滑り込ませて。


「いっ……!」


「白木くん!?」


 左腕を噛みつかれ、そして。


「……ってーけど全然歯が立ってねーじゃねーか!!

 学ラン貫通できてねーぞ洗濯バサミかその口は!!」


 ぶんぶんと腕を振り、魔物は噛みついたままぶらぶらした。

 その目がぎらりと光った。


「いやいやヤバイヤバイってコイツ火を吹くんじゃん火はヤバイだろさすがに!?」


「あわわわわ、あわわ、えっとえっと……!」


 夜々子はおたおたして、それから両手を魔物にかざした。


「ええっと、攻撃をやめて! 服従サブジュゲーション!」


 夜々子から飛び出た魔法陣が、魔物に当たった。

 魔物はぴたりと動きを止めて、口をゆるめ、ぽとりと地面に落ちた。


「や、やった? 黒井さん助かった!」


「えっ効いた!? わたしの魔法なんてなんにも効かないと思ってたのに!?」


 魔物は六本足で立ち上がり、頭をぶるぶると振って。


「ガルルーッ!」


「あわわわちょっとしか効いてなかったー!?」


「黒井さんもおれとたいして変わんねーのな!?」


 暴れる魔物を、昼介は後ろからかかえ込み、光の剣を突き刺した。

 最強格の魔物マウンテンイーターは、それで絶命し、どろんと煙になって消えた。


 公園に、静けさが戻った。

 昼介と夜々子は、ぜーはーと息をつき、へたり込み、互いに顔を見合わせた。


「な、なんとかなった、のか……?」


「た、たぶん……」


 ふへーっと、昼介は力を抜いた。


「なんか、全然状況が飲み込めないんだけど……なんで、魔物が来たんだろ?」


「わかんない……こんなの初めてだし……あ、でも」


 胸を押さえながら、考え考え、夜々子はしゃべった。


「なんか、わたし、ちょっと魔力が強くなってて。

 もしかしたら、白木くんに……勇者サンハイトに会って、魔王の力がちょっと目覚めちゃったのかも、って思って」


 夜々子の言葉を聞いて、昼介はぽかんと彼女の顔を見た。


「……もしかして、魔王の気配を頼りに、魔物がこっちに来た?」


「かも……」


 昼介と夜々子は、顔を見合わせた。


「えっ? やばくね?」


「ご、ごめん白木くん、わたしのせいでっ」


「いやいやいや、黒井さんのせいじゃないって!

 ……でもマジで、どうしよう?」


 昼介と夜々子は、ただただ顔を、見合わせた。


 白木昼介と黒井夜々子。

 元勇者と元魔王。

 今はほぼ普通の中学生で。

 その中学校生活は、どうやら普通じゃなさそうだ。






【序章「勇者と魔王」終わり

 第一章「白木昼介と黒井夜々子」に続く】

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