ちゅうやてをつなぐ。〜現代日本に転生した勇者と魔王、今はほぼ普通の中学生男女で、異性にドキドキしたりします〜

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

序章 勇者と魔王

第1話 勇者と魔王、再会する

 夢を見た。

 前世の夢、最後の戦い。

 薄暗い灰色、石造いしづくりの城の中。

 対峙たいじする、勇者と魔王。


「魔王ニグトダルク! ここで終わらせてやる!

 貴様の闇を打ち払い、俺は勇者としての使命を、果たすッ!!」


 石の床を踏みしめる音。

 長い金髪がさらりと揺れ、全身から魔力のこもった光の粒子を散らし続ける。服装はさながらファンタジーゲームの主人公といったで立ちの青年――勇者サンハイト。

 右手から空中へ、輝く魔法陣が生じる。光の剣を生み出す。それを構え、振るう。


 正面。魔王は対応する。魔法陣を空中に呼び出し、闇色の炎を放出して攻撃する。

 ローブのような服を着た全身から紫色の炎を噴き出し、絶えず燃え続けている大男――魔王ニグトダルク。


 激しい戦い。そして。


「うおおおおおッ聖剣ホーリーソードッ!!」


「うぐぅッ……!」


 勇者の光の剣が、魔王の胸を貫いた。

 魔王ニグトダルクは血を吐き、しかし紫の炎はいまだ消えないまま、いまいましげに勇者サンハイトをにらんだ。


「まだ、終わってたまるか……! 世界に我が威容を君臨させるまで、私は決して、あきらめんぞ……!」


 体から噴き出す炎が、魔王の背後に、魔法陣を作り出した。


「この世界で悲願が達成できぬなら、違う世界に行くまでだ!!

 転生の陣よ、私を異世界で生まれ変わらせよ!! 転生リインカネーション!!」


 ニグトダルクの全身が炎に変わり、魔法陣へと吸い込まれていった。


 静かになった。

 残るのはわずかな炎が燃えるゆらめきと、閉じようとする魔法陣のみ。

 勇者サンハイトは魔法陣をにらみ、つぶやいた。


「逃げられたのか……そして、転生……生まれ変わり、だと?」


 サンハイトは、自身の手のひらを見た。

 魔王の闇を打ち払う光の粒子、生まれながらにして備わった勇者の証は、いまだ放出され続けていた。


 サンハイトは、魔法陣に顔を戻した。


「まだ、俺の体は、宿命から解き放たれていない。そして俺は、この世界に未練などない。

 貴様が異世界に行くというのなら、魔王よ。俺もそれを、追うだけだ!」


 自身の魔力を注ぎ込み、魔法陣を強引に開き直した。

 体が光の粒子へと分解され、それは魔法陣へと吸い込まれてゆき――


…………


……




   ◆




 スマートフォンのアラーム音が、やかましい。

 それに気づいているかいないか、怪しい感じにまどろんだ意識に、部屋の外から声がかかった。


昼介ちゅうすけー! 早く起きなさーい! 中学生になって初日から遅刻する気なのー?

 写真だって撮りたいんだから、早くしてよー!」


 昼介は、もぞりとベッドで身を動かした。

 適当に伸ばした手が枕元に積んだがらくたの山に当たり、てっぺんからヨーヨーが転がり落ちて、昼介のおでこに当たった。


「あでっ」


 痛むおでこを押さえて、昼介はようやく、体を起こした。

 頭は天井スレスレ。二段ベッドの上段。

 すでに起きていた弟が、何やってんのと見上げてきた。




 白木昼介しらきちゅうすけ。この春から、中学一年生。

 前世は勇者サンハイト。世界の支配をもくろむ魔王ニグトダルクを追い詰め、異世界転生によって逃げられたために、自身もこの世界に転生した。

 ……そう、昼介は記憶している。


「でも魔王、見つかんないしなぁ」


 母親と並んで中学校に向かいながら、昼介は聞こえない程度につぶやいた。


 転生した当初は、魔王を倒す気まんまんだった。

 でも赤ん坊として赤ん坊らしい生活をしているうちに、勇者としての人格は遠く薄れ、白木昼介としての人格がしっかりと形成されてしまった。

 今や勇者の生まれ変わりである証明は、おぼろげにしか思い出せない勇者としての記憶と、ほんのちょっぴり使える魔法だけだ。

 あんまりにも弱い魔法しか使えなくて、魔王に出会っても返り討ちに遭いそうだけど。


「ねぇほら昼介、前を歩いてるの、四年生まで一緒のクラスだったケイタくんじゃない?

 昼介もキリッとしたと思ったけど、あの子はすっかり背が伸びて、学生服がさまになってるわぁ」


「どーせおれはチビだよ」


 うきうきした声色の母親に、昼介はぶーたれた声を返した。

 勇者サンハイトはサラサラの金髪で背も高かったのに、自分は背の順で先頭争いだし、髪だってもじゃもじゃの大爆発天然パーマだ。

 イケメンに生まれたかったとは言わないけど、なんとなく思い出せるサンハイトの姿と比べて。


「なんか、平凡だよなぁ」


「ええ? なんのことか知らないけど、平凡な人生って大事なのよー」


 学校に着き、校門で母にバチバチ写真を撮られ。

 入学式。そして教室に入って。


「「あっ」」


 お互いが、お互いに気づいた。

 昼介の正面。女子。

 眠そうに見えるタレた目と、やけどの跡にも見える荒れた肌。

 気配。魔力の。

 魔王ニグトダルクの、生まれ変わりだった。




 後から思い返して、その出会いはこれから起こる物事に対して、あまりにも劇的でなかったと思うし、その後もずっと劇的でなければよかったと思う。

 それでも今は、こう告げておく。

 この物語は、ハッピーエンドにつながっている。

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