第43話 繋がり(4)

昼食を終えて父さんの病室へ戻ると、父さんはまだ寝ているようだった。


「遠出をされたので、疲れが出たのでしょう」


そう言いながら桜田さんは俺にベッドのそばの席へ促してくれたので、黙ってベッド脇の椅子へ腰を掛けた。

こうやってベッドで寝ている父さんを見ていると、確かに以前会った時より顔色が良いのが良く分かる。


「暫く待たれますか?」

「えぇ…そうですね…。桜田さんは?今日は夕方までですか?」


桜田さんは「そうですね…」と言いながら、遠巻きにベッドの上で眠る父さんの様子を伺いつつ、何かを考えているようだった。


「では、後の事は将司様にお任せしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、俺は構いませんよ」

「ではよろしくお願いします」


頭を下げる桜田さん。

そんな桜田さんに俺は今日のお礼を伝える事にした。


「あの桜田さん…」

「はい」

「今日はその…色々とありがとうございました」


そう、色々だ。


頭を下げた俺の頭上に、「それはようございました」と声が降って来た。

その言葉に顔を上げると、そこには良い顔をして笑っている桜田さんが居た。




*****




別れの挨拶を終え、桜田さんが静かに病室を出て行くと、俺は再びベッド脇の椅子に座り、父さんの様子を静かに眺め始めた。


ゆるやかな寝息が聞こえる。

そんな静かな病室の中、父さんの様子を見ていたら、不意に母さんの事を思い出した。


母さんの事…。

と言っても、実はあまり多くは覚えていない。

母子家庭だった俺達。

母さんはいつも忙しそうだったし、俺の自我が育つ前に逝ってしまったからだ。


それでも鮮明に思い出せる事もある。

それは夕飯のポテトサラダの残りを朝食のサンドウィッチにしてくれた事だ。

もしかして残り物では無くて、わざわざサンドウィッチにする為に多い目に作っていたのかも知れない。


母さんは、いつも食パンの上にポテトサラダを山盛りに乗せて、豪快に大きな口を開けて食べていた。

そんな口いっぱいに頬張る母の得意げな顔を見た俺は、大人はそうやって食べるものだと思ってたっけ。


俺の食べていたものは、食パンを薄くスライスして、小さな子供でも食べやすいように小さくカットされたサンドウィッチだった。

当時はそれが子供用という感じがして、少しつまらない気持ちを抱いていたけれど、大人になってみればその有難味が良く分かる。

小さな俺の為に、母さんが手間をかけていたんだな。


そう言えば、もう一つあった。

小学生になって直ぐに、忘れ物が多いって親子で先生に注意された事だ。


連絡帳に書かれた先生からの手紙の文字を読んだ母さんは、「あ~」ってため息を吐いて連絡帳を閉じた。

そして少しだけハの字に下がった眉。

「言われちゃったか~」と言いながらも、口元はニィって感じで横に広げながら少し笑っているような顔で困ってた。


そう言えば困った時の、あの変な苦笑いの顔は、姉さんと同じかも知れないな…。


そうだ。

あの顔の姉さんを父さんが見たら、きっと面白い事になるかも知れない。

それと。

俺が食べていたポテトサラダのサンドウィッチを父さんに食べさせるのも面白いかも知れない。


そんな思い付きを考えていたら、いつの間にか眠っていたらしい。

不意に目を覚ました俺は、ハッキリしない意識の中、頭の上をサワサワと柔らかに動く、心地の良い重さに委ねていた。


(あぁ、父さんの手か…)


頭を行き来する感触が父さんの手の動きだと気が付いた俺は、少しだけ照れくさい気持ちを抱きながらも、暫くそのままで父さんのベッドにうつ伏せになって寝ているフリをした。


それでもやっぱり恥ずかしくなって、ゆっくりと身体を動かしながら「寝てた」と誤魔化すように言ってゆっくりと身体を起こした。


「やっぱり智子の髪の毛と同じだな」


そんな言葉を聞きながら、ゆっくりと背中や腕を伸ばす。


「髪の毛なぁ…。細いから将来が心配なんだけど?」


撫でられた髪の毛を手ぐしで直しながら、俺は自分の将来の心配事を告げた。


「その心配は無用かもしれないなぁ」

「え?そうなの?」

「爺さんも親父もそうだったし、兄貴もしっかり生えてるからなぁ」

「あはは、何それ?」


少し得意そうな顔でそう断言する父さん。


「そっか。俺、母さんに似て無いもんな」

「昔は似ていたけどなぁ」

「え?」

「雰囲気と言うか。小さい頃は小さい智子のようだと思っていたよ」


懐かしむようにそう言った父さんの言葉に俺は「そっか」としか言えなかった。


「実は…って事も無いけど、母さんの事、あまり覚えていないんだ」

「…」

「と言うか、小さい頃の事自体、あまり覚えて無いかも」


そう言って苦い笑いを浮かべた俺。

そんな俺の顔を見た父さんは少し肩を揺らしていたし、やっぱりと言うか、驚いているようだった。


「あ、いや。そうか…。覚えていないのか…」

「うん。だから聞いてみたくて」


桜田さんから昔の事を聞いた俺は、少しずつ小さな頃の話を整理する事が出来ている。

だけど、母さんと父さんの事は桜田さんには分からない事も有るかも知れない。


「車の中でも聞きかけたけど…」


そう切り出した俺に、父さんは「そうだな…」と言って、絞り出すように教えてくれた。



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