第33話 誤りを解く(3)
ノブちゃんが眠りについたので、明人さんも休憩する事にしたらしい。
明人さんは俺にコーヒーを入れてくれた。
姉さんも良いタイミングで起き出したので、一緒に飲むものかと思っていたら、少し違うらしい。
明人さんはココア缶を取り出した。
「ココアか…。姉さん、珍しいね」
ココア缶を開ける明人さんを見ていたら、俺はアンさんと喫茶店で別れた切り、会っていない事を思い出した。
「コーヒーのカフェインが良くないかと思って。ココアに入れるお砂糖もあんまり良くないっぽいけど」
俺の思考に被せるような形で姉さんが答える。
「カフェインか…」
「暑いから氷を入れたいけれど、それも抜いてる。その代わり冷たい牛乳を多い目に入れて作ってるよ、明人さんが」
姉さんの説明に明人さんは少し得意そうな顔を見せた。
そう言えば桜田さんと会った日の喫茶店の店員さんもそんな事を言ってたかも。
俺が小さい頃はミルクが多いココアが好きだったって。
そうか。あのココアは、父さんとアンさん…キョウちゃんが俺の為にと作ってくれたものだったのか。
桜田さんはそんな俺たちの様子を見て、ココアに入れるミルクが多い事に気が付き、それを覚えていたんだろう。
俺は姉さんが美味しそうにココアを飲む様子を眺めながら、姉さんの姿に過去の自分を重ねて見ていた。
きっと昔の父さんもキョウちゃんも、今の明人さんみたいに、俺の為に色々と考えてくれたのかも知れない。
手にしたグラスの中の氷をクルクルと回しながら、俺はコーヒーとミルクが混ざって行くのを眺めていた。やがて溶けて明るい茶色になったコーヒーを飲んで一息つける。そう言えば、明人さんと姉さんの縁ってどんなのだったのだろ?
「ねぇ、姉さんと明人さんは、どんな縁で一緒になったの?」
「え?」
「え…」
俺の言葉に姉さんと明人さんは同時に驚く。
全く同じタイミングで驚く二人に俺の方が驚いた。
「きゅ、急に何よ」
「ショ、ショウ君、急にどうしたの?」
「どう…って。何となく聞いただけで…」
何で?って聞かれても。特に大きな意味は無い。…多分。
「馴れ初めとか、聞いた事ないな、なんて」
「…あんまり言いたくない」
「ヨ、ヨリちゃん…」
独り言のような答えに、何故だか嫌そうな顔をする姉さん。
そんな姉さんを慌てて宥める明人さん。
何だこれ?
一体この二人の出会いに何があったんだ…?
「まぁいいや。でも、なんで結婚したの?キッカケじゃなくて、結婚の理由は言えるでしょ?」
この問いなら答えてくれるだろうか。
しかし出会いが悲惨だったのだろうか?
それはそれで面白そうだななんて考える。
「理由は…放っておけないから?」
「う~ん…それを言うなら、僕もそうだったかもよ」
「え?私なら一人でも生きていけたわよ」
「あ~、そう言う意味じゃなくて…僕の方が…って感じ」
なるほど?
解釈の違いは男女の違いなのか?
でもまぁ、今の俺がとりあえず言いたい言葉はこれだ。
「はいはい、ごちそうさま。もうお腹いっぱいです」
「はぁ…あんたが聞いたんでしょうが…」
「あはは、まぁまぁ、ヨリちゃん」
姉さんは呆れ、明人さんが宥める。
そしてノブちゃんは、おとなしく眠っている…。
うん。良い家族だな。
とりあえず姉さんとノブちゃんが落ち着いたので、俺と明人さんは出勤する事にした。
実は明人さんも自転車を買ったので、こうして並んで自転車をこいで店に通っている。まさかこんな日が来るなんてな。
少し前まで考えもしない事だったけれど、悪くない気分だ。
お店に着いて明人さんの自転車と俺の自転車を並べて止める。
店に入り開店の準備だ。
これがいつもと変わらない俺の今の日常。
でも少しずつ変わっている。
だって俺はアンさんと別れた日から、徐々にアンさんの事ばかりを考えるようになったからだ。
アンさんは今日も元気だろうか。
そんな日常を送っていたら、やがて梅雨が明けて、暑い夏がやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます