第27話 誤解?
藤田と松山が店に来て何日か過ぎた頃。
今日は夕方から雨が降り、お客さんの足が一段と遠い…そんな夜だった。
「今日はもう閉めても良いかもねぇ」
マスターが店の入り口から外の様子を眺め、独り言のように告げた。
「お任せしますが、雨宿りに来られる方がいらっしゃるかも」
「あ~そういうのロマンティックで良いねぇ」
マスターは姉さんに赤ちゃんが出来てから、仕事が優先の人間では無くなったようだ。
そんな事を考えていたら、マスターは先日のアンさんと一緒に来られる常連の女性客の話を切り出した。
確か、あの日の注文はレッドアイとカンパリオレンジだったけ?
「でさ、注文の時に何か言ってた?」
「やっぱり至らない所がありましたか…」
失敗した事が分からず、俺は肩を落とした。
「ううん、そうじゃなくて…。そうだな、もっと、ぼやっとした感想というか、独り言のような感じの事を言ってなかった?」
独り言?
俺はマスターの言葉で、お客さんが感想みたいな事を呟いたのを思い出した。
「あぁ、そう言えばレッドアイは、『好きな味じゃない』と言われましたね」
「それは厳しいご意見だね」
うん。俺もそう思いました。
「はい。なので、お口に合いませんでしたか?と尋ねたんですが、『同情は持ち合わせていない』って、けっこう厳しく言われてしまって。…でも口に合わないなら、なんで注文したのかな?とは思いましたけど」
「なるほどねぇ…じゃあ、次は何かある?」
「カンパリオレンジは、これなら応援が出来る?みたいなニュアンスでしたかね?」
俺の返答に考えを巡らせるマスター。
暫く何かを思い出すような風にして、また質問を切り出した。
「君がアンさんと会ったのは、3歳とか4歳くらいの頃と、7、8歳の頃だけ?」
「だと思いますけど…」
「アンさんは君より随分と年上?」
「最後に会った8歳位の頃は、セーラー服の制服だったから、中学生くらいだったかもです。でも、姉さんより年下だと思います」
そう。姉さんがあの家に住んでいた頃に、アンさんは居なかったみたい。
もし赤ちゃんとか、小さな子が居たら姉さんが覚えているだろうし、そんな話もしたと思う。
「じゃあ、ショウ君が高校生の時とか、バイト先とかでアンさんに出会った可能性は?」
「この店で会ったのが最初だと思いますけど?」
「そっかぁ」
マスターは俺への質問の答えを材料にまた少し考えだした。
「あ、でも高校の時のバイトは居酒屋だったので、そこですれ違う位はあったかもですね。でもそんな偶然って無いと思いますし、もし会ったとしてもお互いに気が付かないと思いますよ」
「そっか、僕の考えすぎか」
「…って、なんでアンさんの話になったんですか?」
俺の問いにマスターは黙って考え込んでしまった。
そしてまた何かの思いを巡らせた後に、再び質問を切り出した。
「そう言えば、前にアンさんが婚約者さんを連れて来た時、何か言われた?」
「婚約者さんにですか?」
「ううん、アンさんに…」
その問いに俺は少し肩を揺らした。
「…う~ん。それが…アンさんの本心とか…」
その時の俺は、アンさんが最後に呟いた言葉の「違うのに…」という声が聞こえたような気がした。
それと同時に桜田さんから聞いた話や、俺が思い出した昔の話。
そして父親に会った話を告げた日の姉さんの言葉も思い出した。
『だったら、何も問題ないわね』
そう…。姉さんの言った言葉に、俺が曖昧な返事をした理由。
それはアンさんの「違うのに…」と言った小さな声が、トゲの様に俺の胸に引っかかっていたからだ。
「もしかしたらだけど、ショウ君…君とアンさんの間にも大きな誤解があるのかもしれない」
「…誤解?」
「もしそうだとしたら、年配女性のお客さんの言いたい事が僕にはわかる」
「え?」
「…僕もそれは持ち合わせていないけど、誤解だとしたら応援するかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「それは、会って確認した方が良いと思う。アンさんが前に進む為にも。でも、これはもしかしたら、君にも重要な事かもしれない…って、これは僕の勘だけど」
マスターの言葉は分かるのに、俺はその言葉の意味が良く分からなかった。
だけどその真意をマスターに聞く事も出来ず、俺はただ客の来ない店で静かに閉店時間が来るのを待っていた。
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