第26話 友人(2)
松山が藤田に止めを刺す頃、店のラストオーダーの時刻となった。
飲み始めたばかりの友人達は置いといて、俺は店内のテーブル席を回って注文の有無を聞いた。
やがて閉店の時間になると、いつものようにマスターは先に店を出た。
そして同じ頃、友人の二人も店を出た。
「今日は一人で帰れます~」
妙に機嫌の良い松山。そんな松山を見た藤田が俺に声をかける。
「俺が駅まで付いていくわ」
「うん、頼むわな」
「あいよ」
先を行く松山の跡を藤田が追いかける。
「お気を付けて~」
やがて二人が並んで歩き出すと、俺は手を上げて声をかけた。
その声に振り返って、手を振る二人。
俺は二人が通りを抜けて、駅の方へ歩いて行くのを暫く見送っていた。
結婚式帰りの二人か。
妙に雰囲気が合っていて、お似合いの感じがする…なんて思っていたのは、松山には内緒だ。
俺はそのまま店回りを片付けて、店内の片付け入る事にした。
******
店を出た松山と藤田の二人は駅まで一緒に並んで歩いていた。
「あ~、やっぱイケの事好きなんだよね?」
「まぁ全然無理そうだけどね」
率直な藤田の問いに松山は少しだけ嫌そうな顔で答えた。
そんな松山の顔を気にする風でも無く、藤田は会話を続ける。
「イケそう言うの拒んでそうな気配あるもんな。詳しく聞いた訳じゃないけど、あいつ10コ上の姉と二人家族じゃん?」
「そうなの?」
自分の知らない話に松山は耳を傾ける。
「うん…だからあんまりそう言う事を考えていないっていうか、早く独りで生きていける様にってそんな感じだったから…。でも、ちょっと安心した」
「安心?」
「うん。あいつさ、卒業してからずっと同じ店で勤めていたのに、そこを辞める事になったみたいだったから。
でも今日働いているの見て、すげえ安心した。良い顔してたもん。あんたのお陰でもあると思うからすごい嬉しい」
嬉しいと言って良い顔で笑う目の前の男性に、松山は彼は本当に友人なんだな…と少し心が温かくなった。
けれどそれと同時に、自分は好きな人の事を何も知らないのだ…と、それを思い知らされたような、そんないたたまれない気持ちも湧いてきた。
だから上機嫌で話す彼の話に、松山は同じテンションで返す事が出来なかった。
「うん。だからイケと上手く行ったら、俺にも彼女紹介して?」
「は?」
「だって、イケだけズルいじゃん~」
「あはは、そんな感じなんだ」
先ほどから率直な、裏も表も無いような話し方に、松山は少しだけ警戒心を解いた。
「だって俺達はずっと結婚もせず生きていくと思ってたのに…。別に先を越されるのは良いけど、孤独死はやだ」
「あはは、老後の心配なんだ~」
「だって、俺、彼女いた事無いけど、出来たら一生大切にするもん」
「重っ!」
屈託も無く笑う男性に、松山も古くからの友人の様に返事を返す。
「あはは、まぁ、しがない洋食屋の倅の所になんて、誰も来てくれないかぁ~」
「う~ん…考えとく?」
「え?マジで!もう素直で良い子だったら何でもいい!」
「何でもいいんだ」
心地の良いテンションで会話が弾む。
松山も自然体で笑って返すようになっていた。
「うん、出来たら俺を好きになってくれた方が良いけど」
「そこ優先じゃないんだ」
「だね。俺の両親を見てるとさ、結婚って好きとかだけじゃなくて、信頼関係も大切な気がして…」
「…そうかもね」
良い感じにお酒が回っているようで、彼は饒舌だった。
もしかしたら、元々人懐っこい人物なのかもしれない。
そしてちょっぴり勢いのある独り言のような会話を、心地よいとも松山は感じていた。
彼の会話のおおらかさは、先ほど自分が抱いた、いたたまれなさの感情を少し緩和してくれた。
だから松山は、少しだけ彼の事が気になった。
「俺はさ~彼女が居た事が無いから、お互いが好きになるってよく分からないし、分からない事を条件にできないじゃん」
「急に真面目だね~」
「そ、俺真面目なの、だからそこ押しといて!」
「あはは、分かった~!」
そんな感じで程よく二人の会話が弾みだした頃、駅に着いてしまった。
「あ、ちょどいい感じで駅に着いた。さっきの話、よろしくね!じゃ、俺は△△方面だからこっち行くわ!」
「うん、お疲れ、またね~」
「あ、うん、お疲れ様、また会える機会があれば良いね!」
手を振って、先に改札を抜けて行く彼。
結局彼は、松山に連絡先も名前も聞かず、そして自分の名前すら言わずに去ってしまった。
松山は小さくなっていく後姿を、暫く呆然と眺めていた。
風が突き抜けるような感じのような人だったな。
「春一番…」
自分の好きな人の友人は、そんな言葉がしっくりくるような人だった。
そしてその嵐に似た風が無くなると、残ったのは複雑な感情だった。
「そっか、私…何も知らなかったんだ…」
その時の松山が思い出したのは、自分の好きな人が初めて家に泊まった日の事だった。
『あのさ…俺、店のお客さんで、ちょっと気になっている人がいたんだ』
そして好きな人の友人の言葉。
『イケそう言うの拒んでそうな気配あるもんな』
松山は自分の知らなかった事、そして知った事を思い出す。
その事に、いたたまれない気持ちが膨らむと、彼女は夢中で駅の階段を駆けあがった。
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