第25話 友人(1)

姉さんと明人さんに話をした後…いやそれよりも前になるか。

アンさんは婚約者の人と一緒にお店に来た日から、一度も店を訪れていない。

あんな事があったから、少しだけ店に来にくいのかもしれない…。

俺はそう思う事にした。


アンさんが暫く店に来ていない事に気が付いて、そこからまた数日が過ぎた頃。

年配の女の人が一人で来店された。

この人もお店の常連さんで、アンさんと一緒に来ることが多い人だ。

なので一人での来店は珍しい。


「いらっしゃいませ」


俺が声をかけると、お客さんは俺の近くのカウンター席に座った。


「レッドアイね」

「かしこまりました」


座ると同時に素っ気なく注文を入れた。何だろ?少し怒っているのかな?

ただならぬ雰囲気に、俺は手早く注文の品を作り上げる。


「お待たせしました」


カウンターの上に差し出すと、お客さんはそのままクイっと一口飲んだ。


「やっぱりこれは私の好きな味じゃないわ」


少し困った顔でそう言って、俺に苦笑いをした。

その顔はまるで俺に意地悪をした…そんな雰囲気にも見えた。

お客さんの笑みは、俺を責めるようなものではなかったけれど、言葉だけ聞くとネガティブな印象だ。

だから俺はお客さんに尋ねた。


「お口に合いませんでしたか?…」

「私は同情を持ち合わせていないの」


再び意地悪そうな顔でそう言って、最後は苦笑いを浮かべていた。


「なるほど…?」


真意が分からず、少し疑問形で答えるとレッドアイを一気にあおる。


「カンパリオレンジね」


煽ったかと思えば、また注文。ペースが早いなぁと思いつつ、注文を受けた。


「かしこまりました」


残りのレッドアイを再びクイッと飲んで「なかなか減らない」なんて、手にしたグラスに文句を言っている。それでもペース自体は早いようで、俺がカンパリオレンジを出す頃にはレッドアイのグラスは空になっていた。

そして出来上がったカンパリオレンジを出すとお客さんはクィっと煽る。


「これなら応援出来そう…」


意味が分からないけれど、とりあえずお礼を述べてみる。


「ありがとうございます…?」

「貴方の事じゃないわ」


今度は苦笑いじゃない。お客さんは笑いを堪えながら、俺のお礼を否定した。

そこからはゆっくりとカンパリオレンジを楽しむ事にしたようだ。

お客さんのペースが穏やかになり、その後はマスターと雑談を交えて楽しそうにお酒を嗜んでいた。


やがてそのお客さんが帰ると言ってお会計を済ませ店を出た。

見送りに出た俺にの肩をポンと一つ叩て、「じゃあね」と言って去っていく。

なんだろ。いつもと違う雰囲気に戸惑うも、俺は大きな声でお礼を言って見送った。


店に戻ると、マスターは少しだけ神妙な面持ちをしていた。

だから俺は何か失礼を働いたのかと思い、マスターに尋ねた。


「何か至らない点がありましたか?」

「…いや、そう言う事じゃ無いと思うよ」


マスターは何か思う事があるはずなのに、何故だか気にしないでと言って仕事に戻ってしまった。

何だろう。今日はいつもより何か変な感じがする。

けれど考えても仕方が無い。だから俺は細かい事は気にせず、仕事に励む事にした。




*****




そこから直ぐに店のドアが開いて、一人の若い男性のお客さんが入って来た。


「いらっしゃいませ…」

「あ~イケ、遅くなってごめん~」


少しだけ気まずそうに入店したのは、同じ調理師学校の同級生だった藤田だ。


「来てくれたんだ」

「いや~免許の更新の時にばったり会ったキリだもんな」

「もう来てくれないかと思った」

「うちも店が忙しくてさ、なかなかタイミングが合わなくて」


店内を一通り見まわした藤田は、俺の目の前のカウンター席に座った。

今日の藤田は妙に着飾っていて、おしゃれだった。


「なに?お見合い?」

「だったらいいけど。もうこれ以上友人の結婚式は出たくない」


茶化した俺の質問に、藤田は拗ねながら頬杖を付いてため息を吐いた。


「景気づけに、一杯ご馳走しましょうか?」

「あはは、それは俺が結婚の報告をする時用に取っとくわ」

「じゃあ何時になるか分からんけど、そうさせて貰います」


俺の冗談に、笑って言い返す藤田。その空気感が心地いい。


「か~これだからイケメンは嫌なんだ、お前も魔法使いまっしぐらの癖に」

「なんだそれ。で、今日は何を飲まれます?」

「ん~、イケの好きなやつが良いわ」

「お客さんの好みじゃなくて?」

「そう言う気分だわ…」


テーブルの上で両肘をついて、まるで少女の様にねだる藤田。

うん。その仕草は可愛いけれど、藤田には似合わない。


「何です?その女の子みたいなセリフ」


冗談を返しながら、藤田に提供するお酒を慣れた手つきで作り始める。

俺が好きなものと言えばこれかな。


「モスコミュールでございます」

「あ~これ好き」


藤田はモスコミュールを受け取ると、そのまま口をつけた。


「あ~旨いな」

「ありがとうございます」

「で、前にも言ったけど、イケが包丁を握ってない姿はやっぱ違和感というか、新鮮な感じだな」

「そうですかね?」

「しかもなんかカッコいいし、ずるい」


ズルいと言いながらモスコミュールを楽しそうに呑む藤田。


「あはは。お前のコック姿もカッコいいぞ」

「うちの店は客席からキッチンが見えないしなぁ」

「そりゃ残念!」


藤田は少しだけ面白くなさそうな顔をして、モスコミュールをチビチビと呑み始めた。頬が緩んでいるので、別に拗ねてはいないらしい。藤田は俺と違って大らか性格だしな。

そんな感じで藤田がモスコミュールを嗜んでいると、店のドアが開いて、聞きなれた声が耳に入って来た。


「いらっしゃいませ」

「来ちゃった~」


相変わらずご機嫌な松山は、いつも通りの俺の居る近くの席に座る。


「こんばんは~」


松山は隣の席の藤田に挨拶をすると、藤田のモスコミュールを少し覗き込んだ。


「あ~、それ良いな。私も同じの下さい」

「かしこまりました」


俺は再び慣れた手つきでモスコミュールを作り始める。


提供したモスコミュールを松山も美味しいと言って楽しんでいた。

友人の藤田と松山。二人並んでモスコミュールをチビチビと呑んでいる。二人には悪いが、その姿は少しだけ滑稽だ。

俺が陰ながら笑いを堪えていると、松山が話し始めた。


「今日さ、親友の結婚式でさ、めっちゃ良かったのに、新郎の友人とかがしつこくて台無し」


そう言えば松山もいつもより着飾ている。そうか。どうやら松山も結婚式の後らしい。それで今夜は俺に愚痴を吐き出しに来たみたいだ。


「お陰でさ、親友と少しだけ言い合いのようになっちゃって。だからモスコミュールは染みるなぁって…」


グラスを傾けながら、モスコミュールを眺める松山。そんな松山に藤田が声をかける。


「それは大変でしたね」

「うん。とんだとばっちり。で、あなたは何故モスコミュール?」

「あぁ、これですか?イケ…彼の好きなお酒でって注文をしたので」

「あぁ!なるほど!その手があったか~」


急に松山の機嫌が回復する。

意味が分からず頭の上に疑問符を並べていたら、松山がニヤニヤしながら俺に教えてくれた。


「だって、そういう注文の仕方って可愛くないですか?」

「あ~たしかに可愛い」


松山の答えに藤田が同調する。

俺はそんな松山に呆れつつ、横目でジトっとした目で睨みながらそれを静止する。


「だったら、グレープフルーツジュースですかね」

「あぁ、またダメだった~」


俺の素っ気ない返事に松山が残念そうな顔を作る。

そんな松山に藤田は勘付いたらしい。少し怒りながら俺に文句を言って来た。


「お前…まさか…、魔法使いの道を断ったのか!」

「は?おま…お客様?勝手な誤解はおやめ下さい」

「だってこんな綺麗な子だぞ?」

「だから違いますって…」


俺の言葉に全く聞く耳を貸さない藤田は勝手にがっくりと項垂れた。


「イケメンだけどお前だけは、仲間だと信じてたのに…」

「だから違いますって…」


項垂れる藤田を必死に宥めていると、空気の読まない松山は藤田に止めを刺しに来た。


「え?なに?魔法使いって何なの?」

「ぐふぅ」


屍となった藤田の肩をゆらして、死体蹴りを重ねる松山の様子に、俺は笑いを堪えるので必死だった。

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