第17話 姉さんの記憶(1)

指定された時刻を少し過ぎてしまったのは仕方が無い。姉さんの提案が急すぎたのだ。

いつものようにインターフォンを鳴らすと、明人さんが迎えてくれた。


「いつも急でごめんねぇ」

「いや、もう、びっくりしましたよ」


恐縮する明人さんへ笑って返せば、明人さんも笑っていた。

そんな感じで軽く挨拶を交わしてリビングに向かうと、テーブルの上にはスーパーのお惣菜やお寿司が並んでいた。


「な、寿司?って食えんの?」

「いや〜酸っぱい物なら食べれそうかと…、でも生物は違うかった…」


呆れながら姉さんの顔見ると、残念そうな顔をしていた。


「買ったはいいけれど、僕にはどうにも出来なくて…」


明人さんが困った顔をしている。

どうせ姉さんの勢いに任せて、深く考えずに一緒に買ったんだろうなぁ。


「はぁ…。冷蔵庫見て良い?」

「さすが、マサシ!」

「助かるよ〜」


手をひらひらと振ってキッチンに向かう。

冷蔵庫を開いて中身を見るも、ほとんど食材が入っていない…。


「てか、材料が無いと無理じゃん」

「妊娠してから匂いが無理っぽくて、あんまり買ってない」


リビングに戻り、お惣菜のおかずを手に取って何を買って来たのか確認する。


「お寿司の玉子は大丈夫か」

「卵は大丈夫」

「マヨネーズは食べれそう?」

「それもいける」

「ま、適当にするから待ってて」


色々と言いたそうな姉さんを押さえて、俺はリビングで使えそうなおかずを引き上げて再びキッチンに戻っていった。

簡単なものになるけれど、家にある調味料などを使って、お惣菜を少しだけアレンジする。

そして出来上がったおかずを皿に盛り、姉さんの待つリビングに運んだ。


「明人さんには悪いけど、姉さんがダメそうなやつを食べてね、俺も食うから」

「いや、ほんと助かります〜」


お寿司のネタの加熱済みのものは、マヨネーズと和えて海苔で巻いて軍艦っぽい感じにアレンジをした。マグロなどの食べやすい魚は焼いてポン酢で味付け。

総菜の唐揚げは出来るだけ衣を外して甘酢和え。

サラダは冷蔵庫にあるきゅうりやら人参を追加して、和風ドレッシングで和えた。

まぁ材料が少ないのでこんなものか。

簡単なものだけど、これで少しは食べやすくなったかな?


「とりあえず酸っぱいもの?が気になってるみたいだから、さっぱり風に変えたけど、食べれそうなものだけ食べて」

「おぉ、良い感じ!美味しそう!」


目を輝かせて喜ぶ姉さんの様子に安堵する。良かった、明人さんもホッとした表情を浮かべていた。


「それじゃ、頂こうか」

「はい、いただきます~」

「頂きます」


明人さんの掛け声で3人で食事を始めた。

アレンジが功を奏したのだろう。姉さんの箸が進んでいる。

暫くすると少し大きくなったお腹をさすりながら、ソファに背に預けて満面そうな顔をしていた。


「一時はどうなるかと…」


リラックスする姉さんのお腹を撫でる明人さん。


「そういや、病院って、何かあったの?」

「あぁ、ヨリちゃんの顔色が悪くなっててね。貧血ぽい感じで、少しフラフラとした感じだったから、タクシーで病院に連れて行って…」

「明人さんが大袈裟なのもあるけど、私もあんまり若く無いし、体調が急変しそうなら早めに病院に来て欲しいって言われていたからね」

「そうなんだ。結局大丈夫だったの?」

「あ~うん。少し食欲が無かったから、それがダメだったみたい。点滴で楽になったよ」


姉さんは少しばつが悪そうな顔をした。

姉さんが言うには、つわりが無かった分、体調の変化に自分が慣れていなかったらしい。

そう言うのもあって、お腹の子に圧迫された胃の違和感で、食欲が出ないとか、すっきりしない感じが続いた時に、食べなくなって、そのまま食が細くなったのだとか。


「妊婦さんって色々大変なんだ」

「ま~、一人の人間が作られてますから」

「なんだか、凄い奇跡だよね」

「まだ生まれてもいないのに…」


感慨深そうにしている明人さんに向かって、姉さんは突っ込みを入れながら呆れていた。そんな二人を眺めていたら、姉さんが話を切り出した。


「実はね、今日はお昼ご飯だけで呼んだわけじゃ無くて…」


姉さんの心配そうな表情に、先日、お店に来店された葛西さんの友人である、よっちゃんの話を思い出す。


「あのね、明人さんに聞いたのだけど。マサシに似てるとか、そんな話が出たって聞いて」


やはりそうだ。

俺は少し息を吐いて姉さんに告げた。


「偶然だと思うけどな」


偶然だと言い切ったものの、俺の浮かない顔を見た姉さんの気持ちは解消されない。


「もしまた同じ事があったら…」


俺達に起きた過去の出来事を思い出し、姉さんはその不安を告げた。


「俺、もう大人だし…」


あんな事は二度と起こりえないと、そんな意味で俺は告げた。

だけど…そうか…。今なら明人さんが傍にいる。


「じゃあさ、俺達の事、明人さんに伝えても良いかな?」


少し肩を揺らした姉さんは、黙り込んで考えを巡らせた。

そして意を決したらしい。


「そうね。私も詳しくは伝えてないものね」


頷く姉さんを確認した俺は、明人さんの方へ顔を向ける。

そして姉さんも明人さんの方へ顔を向けた。

姉弟の二人に目を向けられた明人さんは、優しい顔をしていた。


「僕が聞いて良い話なら…」


明人さんは姉さんの肩を抱いて、話を聞く体制に入ってくれた。










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