第16話 似ていない姉弟

姉さんは俺の記憶にある母さんと、姉さんの家の仏壇の前に置いてある写真の母さんと似ている。

とは言え、姉さんの方が気が強いとは思うけれど…。


それでも母さんと姉さんは、やっぱり親子だなって感じで、全体の雰囲気が似ている。だけど俺は似ていない。

俺が男だからと言うのも歩けれど、やっぱり顔や雰囲気は似ていない。


俺達の中で似ている部分があるとするなら、この少しだけ明るくて、柔らかな細い髪の毛だ。いわゆる猫っ毛と呼ばれるやつだ。


俺と母さんと姉さんに共通点があるとするなら、この柔らかな細い髪の毛だけ。

母さんの居ない今となっては、こんな些細な共通点だけが、家族の繋がりを証明するものになってしまったんじゃ無いかな。


それでも仏壇の前に置いてある小学生の頃の俺は、あどけなくて、ほんの少しだけ母さんの面影が見える。けれど、俺の顔は中学生に上がる頃になると、徐々に男らしくなって母さん似の面影が無くなってしまった。

思春期に幼さが抜けて声が変わるように、少し吊り目がちの目元が記憶の中にある父親と徐々に似てきたのは、自分では嫌な変化だった。

だから俺は自分の顔が嫌いだった。


けれど松山はこんな俺の顔が好きだと言った。

気に入らない自分の顔を、彼女は好きだと言ってくれた。

そんな人、もう現れないんじゃないかな。


それにアンさんとの出来事を思い出せば、誰かの代わりになんて、なりたくなかった。

そう。俺は俺で居たい。

父親の、大川の人間じゃなくて、母親の、池田の人間で居たいのだ。


だからもう松山で良いんじゃないかって思いだした。

俺を俺のまま好きで居てくれる松山が、俺には良いんじゃ無いかって。

松山は、昔の俺も、今の俺も、俺を俺として見てくれてるから、これからも俺を俺として見てくれるんじゃ無いかって。


多分だけど、松山の家に泊まった日から、彼女に対する思いのようなものが、少し変わったのだと思う。

まだなんだけど、いずれの日が来るのかな…なんて、そんな事を考えるようになっていた。




******




ある日の事、キッチンのテーブルの上に置きっぱなしの用済みになった免許更新の案内ハガキが目に付いた。

用済みになったのに、何となく処分が出来ない。

宛名を見れば「池田将司」と書いてある。

姉さんが嫁いだので、母方の池田の苗字はもう俺しか名乗っていない。


「別にまだ捨てなくて良いか」


俺は再びハガキをテーブルの上に放り投げた。

さて、遅くなったけど朝ごはんはどうしようかと冷蔵庫に向かった時、スマートフォンの着信音が鳴った。

時刻は朝の11時過ぎ。どうせ姉さんだろうなと思い、画面を見れば通話の相手は明人さんだった。


「は?明人さん?」


珍しいと思うより前に、姉さんに何かあったのかと思い俺は慌てて電話に出た。


「はい、俺です。どうしました?」


努めて冷静に伝えるも少し声が震えてしまったのは仕方のないことだろう。そんな俺と違って、スマートフォン越しの明人さんの声は全く緊張感がなかった。


「あ、ああ、ごめんね~今ね、ヨリちゃんと病院なんだけど…」

「っ!だ、大丈夫ですか?」


病院だと言う割に悲壮感は皆無だ。混乱する俺の耳に、ガサゴソと雑音が入りやがて明人さんが通話に出なくなった。


「っ、明人さん、明人さん!病院って…」

「ってあ、ごめんねマサシ!」

「は?姉さん?」

「いや、ほんとごめん、大丈夫よ。大袈裟なのよ明人さん」

「え?…と?」

「あ~、そうね。ちょっと家まで来てくんない?お昼こっち一緒にどう?何か買って帰るから」

「え?」

「12時には家に戻ってるから、じゃあよろしくね~」

「え?ちょ…」


突然決まった今日の予定。

姉さんの提案のような命令に驚きながらも、元気そうな声を聞いた俺は急に力が抜けて、そのままテーブルに伏せた。


「はぁ、んだよ、びっくりした…」


文句を言いつつも、いつもと変わらない姉の様子に安堵する。


「えっと、12時に来いって?…はぁ。もう出る準備をしないと…」


俺は頭をガシガシと書いて、大きなため息と共に苦笑いを浮かべるのだった。

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