第15話 お客さんの昔話

目が覚めた俺に松山は言った。


「据え膳食わぬは、男の恥という言葉が、今なら分かる…」


そんな松山の言葉を無視して、俺はベッドの上で軽く腕を伸ばし、う~んと伸びをした。無視をしたのはある意味で正解だ。恨み節を放つ松山に「誘って無いぞ」なんて言い返せば、結果は火を見るよりも明らかだ。


俺はごそごそと顔の向きを変えて、そのまま松山の胸に顔を埋めて抱きしめた。はぁ、これ、かなり癒されるかも。

松山は俺に良いように扱われているが、そんな俺の扱いに文句は言わなかった。


「はぁ、これはこれで、たまらんなぁ」


どこかのスケベ親父みたいな言葉を言いながら、俺の髪の毛で遊んでいたので、多分俺の事は、猫とか犬みたいに思っているんだろう。


結局その日は、松山の家で朝ごはんをご馳走になって、朝帰りの一夜となってしまった。

そんな風に松山と過ごしたからだろうか。俺はその日から、松山の事を考える事が多くなった。




*****




その日の夜は、常連客の葛西さんが見慣れない男性客を連れて来た。


「マスタ~!俺の同級生のよっちゃんだよ!」

「いらっしゃいませ、葛西さんの同級生ですか?」


マスターに声をかけられた葛西さんは、近くのカウンター席に連れて来た男性客と並んで座った。


「葛西君とは大学の同級生でね。久しぶりに会ったもんだから盛り上がっちゃって」

「そうそう、今日はねぇ、同窓会だったのよ~」


常連の葛西さんは人懐っこい性格で可愛らしい人だ。

いつも朗らかで明るい方だけれど、今日はいつにも増して機嫌が良いらしい。

久しぶりに再会した友人とのやり取りを心から楽しんでいるようで、とても嬉しそうな顔をしている。


「よっちゃん、ここの自家製ポテトサラダも最高だよぉ、それに飯も旨いのよ~」

「へぇ、それが葛西のお勧めね」

「あ、ショウ君、よっちゃんにポテトサラダ出してあげて」

「はい、かしこまりました」


注文を受けて俺はカウンターの奥に引っ込んだ。


「へぇ、ここ、ご飯もあるの?」


よっちゃんが面白そうにマスターに尋ねている。


「ええ、少しですけどね、彼が作ってるんですよ」

「へぇ、良いね!たまに腹が減る時があるんだよなぁ」


そんな感じ会話が始まると、次第によっちゃんはお店に馴染んでいった。

葛西さんとよっちゃんは、二人の思い出話や、仕事の話など、色々な話で盛り上がっていた。こんなに楽しそうにお酒を嗜んでいる二人を見ていると、こっちまで楽しくなるから不思議なものだ。


そんな二人の思い出話を耳に入れながら、他のお客さんの対応もしつつ、俺はいつも通りに忙しいながらも仕事に励んでいた。

やがてそれなりに夜も更けた頃、葛西さんが帰るとマスターに声をかけていた。


「ありがとうございました。お気を付けて」

「うん、マスターもまたね~」


葛西さんとよっちゃんは、マスターへ挨拶をするとカウンター席から立ちあがり店の外へ向かって歩き出した。

ちょうど手の空いていた俺は入り口のドアに向かい、ドアを開けてお客さんを見送るつもりで待っていた。


「マスター、またこちらに来る時があったら、寄らせてもらうよ」

「はい、ありがとうございます、お待ちしております」


帰りの間際になって、よっちゃんがマスターに声をかける。

やがて二人でドアの前までやって来ると、よっちゃんは俺にも声をかけてくれた。


「ポテトサラダ良かったよ、またね」

「はい、ありがとうございます」


お礼を告げて少し頭を下げた後、よっちゃんは俺の顔を見て、少し考えるような顔をした。そして、何か合点が行ったようで、うんうんと言いながら俺に話しかけて来た。


「あ~。やっぱり近くで見ると目元が似てる」

「え?」

「ん?よっちゃん、どうしたの?」


似ていると言われた俺は、その言葉に一瞬固まってしまった。

俺の動揺を見たのだろうか、マスターが会話に入ってくれた。


「どうしました?」

「あ、マスター。いやね、ショウ君がね、僕の1こ下の後輩に似てるなぁって」

「お客様の後輩にですか…?」

「うん。と言っても学生時代の記憶の話だからねぇ。それにあいつは、ショウ君と違って、もっと無愛想だ」

「学生時代のご友人の話でしたか」

「今日は同窓会だったしね。懐かしい話もしたから、彼の事を思い出したみたい」

「そう言えば、随分とお話が弾んでらしたようで」

「そうそう、懐かしさのあまりね~。そう言うのもあって、ショウ君に彼を重ねたのかも」


俺の顔を見ながら、マスターの相づちに笑って返すよっちゃん。


「ショウ君、変な事を言ってごめんね」

「いえ、お気になさらず」


俺にも声をかけてくれたのは、もしかしたら俺は変な顔をしていたのだろうか。


「だから良い店なのよ~」


最後は葛西さんが良い感じに締めてくれて、そのままよっちゃんを引き連れて帰って行った。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました…」


マスターと二人店の外に出て、葛西さんとよっちゃんを見送る。

やがて二人が曲がり角を曲がり、二人の姿が見えなくなると、マスターは大きく息を吐いて声をかけてくれた。


「ちょっとビックリしたね」

「そう…ですね」

「似てる…らしいね」

「ですね」


この時のマスターの言葉は、先ほどのよっちゃんの話では無い。

俺と、俺の父親の顔が似ている…。多分その事を言ったのだと思う。

けれど俺もマスターも、あえてそこには触れず、店の中に入り仕事に戻る事にした。




******




やがて閉店の時刻になった。

今日は早々にお客さんが帰られたので、片付けもそんなに多くは無い。

食器を片手にカウンターの中を片付けていると、着替えたマスターが声をかけて来た。


「あのさ、さっきの葛西さんのお連れさんの話なんだけど…」

「はい、同級生に似てるって話のやつですか?」

「うん…」


恐らくマスターは、姉さんから俺達家族の事をそれと無く聞いているのだろう。

言葉を選ぶようにして話しかけるマスターの様子に、俺の事を心配してくれているのが分かる。

マスターが心配してくれている事。それは別に今日に限った話じゃない。

だってマスターはお店で俺の呼び名を絶対に間違えないように、いつでも俺の事を「ショウ君」って呼んでいるから…。


俺はマスターにこれ以上心配をかけたくなくて、キッパリと言い切った。


「人違いですよ」


そしてさらに言葉を付け加える。


「それに、そんな偶然なんてありませんよ」と。


そう、そんな偶然なんてありえない。

先日のアンさんの名前だって、全部ただの偶然だ。


「じゃぁ、今まで通り店に出ても大丈夫なのかな?」

「はい、これからも、ずっと大丈夫です」

「そっか。じゃぁ、僕は気にしない事にするよ。もお疲れ様」

「はい。マスターもお疲れ様でした」


少し作ったような笑みのマスターだったから、きっと家に帰れば、姉さんに報告するつもりだろうな。う~ん。姉さんもだけどマスターも過保護だよなぁ。


「ま、かなり年下だし、マスターから見れば子供みたいなもんか」


俺はそう独り言ちて、再び店の片付けに戻る事にした。





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