第9話 偶然(1)
特に代わり映えのしない毎日。
俺はいつも通りの生活を過ごしつつ、それなりに充実した日々を送っていた。
お店の方も順調で、常連さんは相変わらず店に来てくれるし、アンさんもいつも通りで、時折お店に尋ねにやって来る。
それに最近は新規のお客さんも増えて、リピーターになって下さるお客さんも増えた。
つまりだ。この店の営業時間はよそよりも短いけれど、この店の居心地の良さが広まり始めたのだ。
そんな毎日を過ごしているが、変わった事があると言えば、姉さんが妊娠の中期に入り、新しい年を迎えた事くらいだろうか。
ハロウィン?クリスマス?年末?お正月?そんなものは俺には無いらしい。
恋人もいないし、一緒に遊ぶような友人は、その日は大抵働いている。
他に変わった事と言えば、俺は自転車で通勤するようになった。
自転車をこいで夕方の商店街の脇を抜ければ、時折、常連さんが買い物で出かけていて、顔を見かける日もある。
そんな日は、手を挙げて挨拶を交わす。
そんな日々も悪くないもんだ。
*****
さて。今日は日曜日。お店が休みなので今日は買い物に行こうと思う。
俺もたまには服を買ったり、それなりに身だしなみにお金をかけたりもする。
スマートフォンを片手に、今日はどこに行こうか?なんて考えながら最寄り駅に向かって歩いていると、高校時代の同級生とばったりと出会ってしまった。
へぇ、こんな偶然もあるんだな。
「松山じゃん」
「あれ?池田?」
ひょんな再開に目を丸くして驚く松山。
「お前…ちょっと派手になったな」
「あぁ?会って早々にそれ?酷くない?」
松山はやたら丈の短いスカートをはいていた。だから正直な感想を伝えたのだが、それは地雷だったらしい。松山はちょっと切れた。うん。短気なのは相変わらずのようだ。
「あはは、ごめん」
「池田は?どっか行くの?」
「あ~特には」
決まって無いなと言いながら、駅の方に目をやる。
さて、どうしようか?なんて考えていたら、松山が俺の顔を両手で挟んで、グイっと自分の顔の方へ向けた。
「は?何?」
「ならデートしよう。彼女は居てる?なら止めるけど?」
首は強引に向かせるくせに、そこは確認するんだ…。
なんて思いながら無言を貫いていると、松山は良い笑顔で俺の腕に勝手に巻きついてきた。
「じゃ決定で」
「はぁ…。お前、こういう強引な所、変わってないなぁ」
「はぁ…。池田も、そういう細かい所、変わってないなぁ」
俺の愚痴に合わせるように、松山は言い返す。お互いにそんな事を言い合えば、何だか妙に懐かしくて、声に出して笑ってしまった。
*****
結局その日の俺達は、本当にただのデートという感じで休日の街を二人でウロウロと色々な場所を見て回った。つまり俺の買い物は出来なかった訳だ。
松山は俺の腕にずっとへばりついたままで、自分の行きたい方、見たい方を指さして、終始ご満悦だった。
一方の俺は、指示された通りに向かって歩く…という感じの本当の付き添い人って感じ。
デパートへ行って、街をウロウロとして。
お昼をご飯を食べて、また街をウロウロとして…。
そんな風に過ごせば、あっという間に夕方になっていた。
「疲れたし、お茶にしよっか」
松山にそんな提案をされても、お茶をするお店も彼女の行きたい店に行く。
まぁ、こういう方が楽っちゃ楽だ。
俺の方もこんな松山の強引さは、懐かしくて悪くない気分だった。
それに友人の機嫌がずっと良いなら、それが一番何よりだ。
「今日は疲れたね~」
「流石にあれだけ歩いたらなぁ…」
「あはは、楽し~」
短気で強気で我儘な松山。
そんな松山は、実は物凄くモテる。
と言うのも、松山はかなり顔立ちが整っていて、目鼻立ちがしっかりしている。
それにスタイルも良いので、今日もかなり目立っていたんじゃないかな?
隣に俺が居なかったら、絶対に他の男から声をかけられていたと思う。
そうか。もしかして、俺って男避けだったのか?
そんな事実に気が付けば、少しくらい愚痴をこぼしても良いだろう。
「俺と一緒じゃない方が、声かけて来る奴が居て良かったろうに…」
そんな俺の冗談交じりの愚痴は、失敗だったらしい。
いつものように怒るのかと思った松山は、俺の言葉に驚いた顔をしていた。
「あ、ごめ」
「あは、酷~っ!」
咄嗟に謝ろうとしたけれど、それも先に遮られてしまった。
「ほんと、ごめん…言い過ぎた」
流石に言葉のチョイスが悪すぎた。
てか、あの顔。俺が男避けじゃない可能性があるのか?
そんな事を考えていたら、松山は空気を変える為か、冗談を言い出した。
「じゃ~、バツとして、彼氏になる?」
「流石にそれは遠慮しておきます」
「あ~また振られたか」
「はいはい」
こんな冗談よく思いつくなぁと呆れもするし感心もする。
「さて、帰るか」
「そ~だね…」
俺達は席を立って、カフェを後にした。
夕方とは言え、店の外はもう真っ暗になっていた。
「朝の〇〇駅まで帰るけど、一緒で良い?」
「うん、私の家も〇〇駅」
今まで知らなかったけれど、最寄り駅が一緒なんだ。
偶然って凄いな…なんて思いながら、〇〇駅に向かう為にカフェから近い駅まで二人並んで歩いて行った。
*****
さて、今は休日の夕方である。
やはり電車に乗る人は多いようで、それなりに混んでいるホームから、何とか車内に乗り込んだ。
車内の中もそれなりの混み具合。更に途中の駅でも人が乗って来たので、松山と二人並んで電車に乗っていたはずなのに、人に流されて、反対側のドアの前に立っていた松山に、いわゆる肘で壁ドン状態になるまで押し込まれてしまった。
「あ、ごめん。狭いよな」
「ううん、大丈夫」
通勤の時間なら、松山をぺしゃんこに押しつぶしているだろうな…。
なんて思いながら、肘と胸の間にすっぽりと収まる松山の様子を確認する。
うん。まだ潰れていないようだ。そんな俺と目があった松山は柔らかく笑っていた。
へぇ、そんな顔も出来るんだな…お前。
二人の距離はくっ付く位に近い状態だ。こんな状態で電車に揺られたので、電車が揺れれば、当然俺達も揺れる。つまり電車が揺れる度に松山が俺の胸に飛び込む形になった。
気まずいなぁとは思うけれど、殆ど満員に近い車内は、そんな俺の気まずさに気を使ってはくれない。
いっそ、くっついたままの方が気分が楽なのか?なんて考えていたら、もうすぐ目的地の駅に着くという所まで来た。
やっとこの気まずさから解放される…。そう思って気を抜いていたら、松山が急に目くばせをして、俺の耳元に口を寄せて来た。
今更なんの話だ?なんて、耳を傾ける為に顔を横に向けた時、俺の耳に「ちゅっ」と小さなリップ音が入り、頬から柔らかな感触が離れて行った。
「は?」
「へへ、隙あり、降りるよ」
突然の出来事に呆然とする俺。
一方の松山は満面の笑みを浮かべながら、俺の腕を引きずり、人の波を押しのけて車内から降りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます