第7話 家族(2)
その日の夕食はいつもと違ってリビングで食べる事になった。
と言うのも、俺の誕生日だと呼び出した姉さんは、ソファーの上でずっとウトウトとしながら、ソファーにへばりついていたからだ。
「姉さん、調子が悪いんですか?」
「えっと、女性の体は色々とあるみたい」
「そうなんですか?」
明人さんが別に変な顔もしていないので、そう言うものかと納得し、俺は姉さんに構わず夕食の準備を続けていた。
それに姉さんの代わりとばかりに、明人さんが色々と手伝ってくれたから、返って俺の方が気を使ってしまう事になってしまったけれど、そんな日があっても良いかとも思った。
明人さんはお酒を入れるのはうまいけど、料理は本当に苦手みたい。
そんな新たな一面を知れて、それはそれで興味深い時間になった。
そうこうしている内に夕飯の準備が出来た。そして食事の準備が出来ると同時に、姉さんが覚醒したらしい。どうやら姉さんの体は、なんとも現金なもののようだ。
「じゃ、マサシの26歳を祝って。マサシおめでとう!」
「ありがとう、姉さん」
「ショウ君、おめでとう~」
乾杯と言って、ビールを片手に3人で祝杯をあげた。
けれどいつもと違うのは、姉さんがビールを飲まずに、グラスをそのままテーブルに置いた事だった。
今日はビールの気分じゃ無いのかな?
「姉さん、ジンジャーエールあるよ?」
「あ、うん。ありがとう。あのね…」
歯切れの悪い姉さん。
何だろ?と思っていると、少しだけ言いにくそうに、姉さんが話を切り出した。
「あ~、いや~ちょっと、報告がありまして」
「報告?何?」
口にしたビールをテーブルの上に戻し、姉さんの言葉を待つ。
姉さんは少し照れながら明人さんの顔をチラチラと見ている。
何だろ?こんな歯切れの悪い姉さんは見たことが無い。
やがて明人さんは仕方が無いとばかりに、少し苦笑いを浮かべて俺に切り出した。
「あのね、ヨリちゃんにね~赤ちゃんができたみたい」
「え?」
「いや…あはは…」
嬉しそうに懐妊の報告する明人さんと、明人さんの言葉に照れて、恥ずかしそうな笑みを零す姉さん。
「え?凄い…」
「だよね」
「え?普通に凄い!良かった、姉さんおめでとう!明人さんもおめでとうございます!」
「うん、ありがとうね」
「うん、ショウ君、ありがとう」
「なんだ…今日は調子が悪いとか、そういう訳じゃなかったんだ」
「あ、うん。妊娠してから、どういう訳か、ずっと眠くてね…」
ソファーの上でウトウトとしていたのも、少しだけ気だるそうにしていたのも、妊娠のせいだったのか。
「ヨリちゃんはつわりが無いみたいで良かったよ」
「その代わりに、起きている時は何か食べてるけどね」
「そうなんだ」
そんな他愛のない会話に笑みが零れる。
そうか…。俺にも新しい家族が出来るんだ。
新しい家族。甥っ子だろうか、姪っ子だろうか。
そんな事を考えていたら、何かが体の中から感動のようなものがこみ上げて来た。
「姉さん…俺の子供って訳じゃないんだけれど、なんだかすごく嬉しい。家族が増えるってこんな感じなんだね…」
「あはは、まだ生まれて無いけどね」
人の感動に水を差す所は、どこまでも姉さんって感じがする。
「まぁ、そうなんだけど」
「順調なら、夏までには生まれるよ」
そう言いながら和室の方を見る姉さん。姉さんは、俺と同じ事を思い出している。
そう。母さんが逝ってしまった、あの暑い夏の日。
そんな季節がくる前に、俺達の元へ新しい命が生まれてくる。
「母さんも喜んでるよ」
「だよね」
そんな姉弟の会話を明人さんは静かに聞いてくれた。
「ん~、なら俺、自転車で店に行こうかな?」
「ん?」
「だって、明人さんお店抜けれないでしょ?」
「まぁ、そうだけど?」
俺の発言の意図が見えない明人さん。
「何も無いと思うけれど、自転車なら、姉さんの呼び出しにすぐに対応出来るよ」
「そっか~。飲まなければいけるか。確かにタクシー捕まえるのと、自転車と、あんまり時間が変わらないかも」
「うん、自転車の方が小回りも利くんで」
「さすがショウ君!ありがとう助かるよ~」
「いえ。いつも二人で助け合って来たし、大丈夫ですよ」
「そっか」
「でも今は明人さんが居るから、三人ですね」
「ショウ君…」
俺が笑って答えると、明人さんの眉が下がる。
「やだ、…しんみりしちゃう!」
「あはは、そうだね~。今日はショウ君とヨリちゃんのお祝いだった」
「もう!明人さんもパパになるお祝いじゃん!」
どうやら覚醒したらしい姉さん。
話をまとめ上げ、一気に喜びの空気に変えた。
そうか。きっとこの話の為に、お昼は休んで、体力を温存させていたのかも知れない。そんな姉さんの気づかいに笑みが零れる。
新しい命か…。
まだ見た目では何も変わらない姉さんのお腹と、その横で笑う明人さん。
そうだな。今ままで過ごした誕生日の中でも、今日は一番思い出深い日になるかも知れない…なんてな。
俺はまだ見ぬ命の喜びに、姉さんと明人さんの様子を眺めながら、今日のビールはいつもより美味しいなと思いながら、ゆっくりと味わっていた。
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