第6話 家族(1)
夜が明けて日曜日。今日は店の定休日である。
うちの店は第二、第三の日曜日が休みで、続けて月曜日も休み。
という事は今日から連休である。こんな待遇も今の店に勤めてからだ。
しかも夜から朝にかけての営業も基本的にやっていない。
うちの営業時間はかなり変則的だけれど、それも先代さんの代からこんな感じで営業を続けているので、マスターも特に変える事無くそのまま続けているらしい。
俺は少し遅めの朝ごはんを食べながら、今日と明日の予定を組み立てていた。
「今日は、食材の買い出しにでも行くか…」
冷蔵庫の中身を見ながら、買い足しのリストをぼんやりと思い浮かべる。
冷蔵庫を閉めると、メモアプリを開けようとスマホを手にした。すると通知欄に姉さんからメッセージが入っているお知らせが入っていた。
「姉さん?何だろ?」
そう独りごちてメッセージアプリを開けると、「今日、ご飯食べにくるでしょ?」と書いてる。その一方的な言い分に、姉らしさを強く感じてしまう。
俺は少し悩みながらも、先ほど組み立てた予定を思い出す。
『今日は、仕込みでもしようかなと思ってます』
今日は家で自分の用事を済ませるつもりだった。
仕方が無いけど姉さんの申し出は断ろうと、用事があるとのメッセージを送信すると、その返事とばかりに、メッセージ画面が通話画面に切り替わる。
「あ、もしもし?姉さん?」
「もう!休みの日の仕込みは、明人さん嫌がるって言ってるのに」
いつも通りの姉のテンションに、一気に姉さんの言った光景が浮かぶ。
「あはは、マスターにバレなければ大丈夫だよ」
「横で聞いてるよぉ。それより今日はご飯食べにおいでって」
「…なに?また食材が届いたの?」
食材とは、マスターの叔父さんから、田舎で採れた野菜や、地元の調味料の差し入れなどが、時々送られてくるのだ。つまり、その食材が届く度に、俺は調理要員として駆り出されるのだ。
「まさか、忘れてる?」
「え?」
「マサシ、あなた誕生日でしょうに…」
「あ…そうか、今日か」
「じゃ、そう言う事で、三時ごろにはこっちに来てね」
「は?」
突然決められた今日の予定。
その強引さに驚いていると、姉さんは「待ってるからね」と言って、一方的に通話を切ってしまったようだ。
「姉さんは相変わらず台風みたいだな…」
仕方が無い。俺はそう呟いて今日の予定を組みなおす事にした。
そしてテーブルの上のどこかに埋もれた運転免許の更新ハガキを探した。
「忘れてた、姉さんありがと」
自分の誕生日の事なんて正直、気にもしていなかった。特に免許証の更新なんて、車に乗る機会が無ければ、つい忘れてしまうものかもしれない。
埋もれた更新ハガキを探して手にする。
宛名を見れば、自分の名前である『池田将司』の文字が書いてある。
そう。母さんが逝ったあの夏の日から、俺の事を「マサシ」と正しく呼ぶのは、姉さんだけになってしまった。
俺はハガキを冷蔵庫に張り付けて、更新を忘れないようにした。
そうだな。
今日は姉さんの好きなシャンディガフを用意しよう。俺は買い物リストにジンジャーエールを追加した。
*****
買い物も終わり、指定された時間を少し過ぎた頃、俺は姉さんの住むマンションに着いた。チャイムを鳴らすとお店のマスターこと、明人さんが出迎えてくれた。
「急にごめんね~」
玄関を開けて早々に明人さんが謝ると、そのままリビングへ案内してくれた。
「姉さんは、いつもの事なんで大丈夫です。それよりお休みの所すみません。お邪魔します」
「ショウ君ならいつでも歓迎するよ~」
「流石に毎日会っているので、たまにで良いです」
マスターの言葉に冗談交じりで返すと、明人さんもそれもそうかと俺と同じように笑っていた。
「で、買い物も俺に頼んで、今日はどうしたの?」
リビングに入ると、ソファーでくつろいでいる姉さんに声をかけた。
姉さんは、少しウトウトとしていたのか、ぼんやりとしている。
「えっと、大丈夫?」
「あ~ごめん、ごめん、この所、この時間になると眠くて眠くて…」
「ん?別に昼寝しても良いんじゃない?明人さん帰って来るの遅いでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどね」
ぼんやりとしたままの姉さんをソファーに残して、俺はリビングの隣にある和室に向かう。そして部屋の隅にある仏壇の前に座る。
姉さんと明人さんの会話を背にしながら、俺は仏壇に飾っている母さんの写真に手を合わせた。
(母さん久しぶり、俺達、元気にやってるよ)
写真に向かって、いつものように無事を報告をする。
母さんはいつ見ても変わらずに、笑っている。
そしていつまでも変わらない母さんの横には、小学生の俺が誇らしげな顔をして映っている。
小学生の校門の前。入り口の立て看板に大きな文字で「入学式」と書いてあり、俺はピースサイン、母は少しかがんで笑っている。
「よし」
俺はもう一度手を合わすと、立ちあがった。
そしていつも通りキッチンに向かい、買って来た食材を並べ、今日の晩餐の準備に取り掛かかった。
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