第4話 目覚めはアンさんと共に(2)
俺の髪の毛を拭いた後、アンさんが洗面所の方へ向かったので、俺は朝食の準備を進める事にした。
「流石にコーヒーは無いんだよなぁ…」
店の冷蔵庫を開けて、グレープフルーツジュースを取り出し、グラスに注いでグイっと飲み干す。苦みのある酸味で、ようやく目が覚めたような気がする。
「飯…なぁ、パンで良いよな?」
再び冷蔵庫を開けてポテトサラダを取り出した。
このポテトサラダはお店の自家製で、実は俺が作った自慢の一品。
意外にもこのポテトサラダはお客さんに好評で、最近はこれを目当てに来店されるお客さんも増えたとか。
それとマスターが言うには、俺が店に来てからフード類が充実したとかで、店に長時間滞在するお客さんや、食べ物がある事で頻繁に来る常連さんも増えて、売り上げが増えたらしい。マスターが嘘をつくとは思えないから、そう言ってもらえると素直に嬉しいものだ。
ポテトサラダを取り出した後、続けて冷凍庫から食パンを取り出す。
うん。これならアンさんも食べやすいか?
冷凍状態の食パンを2枚取り出し、オーブントースターへ放り込む。
凍らせた状態のままでもパンは焼けるので、ストックの管理が楽だし、小腹が空いた時にも食べやすく、なかなか優秀な食材だと思っている。
だから時折マスターと夕飯代わりに食べたり、お客さんの小腹を満たしたりする用に店に置かせてもらっている。
暫くするとオーブントースターへ放り込んだ食パンが焼けてきたようだ。店内にパンの焼ける良い香りがじんわりと広がり始める頃、アンさんがスッキリとした顔で戻ってきた。
「パンですか?良いにおいですね」
笑いながらカウンター席に座るアンさん。
「まだ時間的には少し早いかもですけど、朝ごはん食べませんか?と言っても、簡単なものでパンになりますけど」
「え?良いんですか?ありがとうございます。じゃぁ、お言葉に甘えさせて頂きます」
俺の申し出を素直に喜んだアンさん。カウンター席から俺の作る朝ごはんに興味があるようで、カウンター席から身を乗り出すように眺めて来た。まるで朝ごはんを待つ子供のようだ。
俺はそんなアンさんの様子を微笑ましく思い、出来るだけ待たせないように、手早く調理を進める事にした。
と言ってもパンである。
つまり焼けた食パンにバターをたっぷりと乗せて、それをさっくりと半分に切ってお皿に乗せるだけだ。
次に空いたお皿の部分に小さなココット皿を置いて、その中にポテトサラダを入れた。皿の手前にフォークを乗せて、グラスに注いだグレープフルーツジュースと一緒にアンさんへ渡す。
「はい。売り物じゃないのでシンプルですけど」
「わぁ!すごくおいしそうです!頂きます!」
自分の分もアンさんの隣に置いて、並んで一緒に食べる事にした。
別に他意は無いよ?だってアンさんはお客さんだもの。
「「いただきます」」
カウンター席に二人並び、一緒に頂きますと言って朝ごはんを食べ始めた。後になって考えれば、少しおかしな感じだったかも知れない。
けれどこの時の二人は別に気にする事も無く、ごく自然に朝ごはんを一緒に食べた。それにアンさんは、美味しい、美味しいと言って、嬉しそうに食べていたし、多分そんな変な感じでは無かったはず。
「俺、ポテトサラダをパンに乗っけて食べるの、好きなんですよね」
「ふふ、良い食べ方ですね」
「こぼれやすいので、女性には難しい食べ方だと思いますけどね」
俺はいつものようにポテトサラダをパンの上に乗せて、バクバクと食べ進めた。
そう、これが俺のお気に入りの食べ方なのだ。これを食べると、満たされる気持ちになる。
そのまま二人で特に会話も無く食べ進めたが、会話が無い事は気にならなかった。
なんだろう。アンさんとこんな風に一緒に居るのは初めてだけど、空気感が自然と言うか、彼女の隣は妙に居心地が良い。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまです、美味しかった。ありがとうございます」
朝ごはんのお皿は直ぐに空っぽになった。
二人でごちそうさまと言って、食事を終えた頃になると、店の外はとっくに動き出していた。
「パン食だとコーヒーが飲みたくなります」
「そうですね」
独り言のような俺の言葉に、アンさんは肯定の言葉を述べると、クスクスと笑っていた。時計を見ると7時過ぎ。この時間なら人気もあるし、アンさん一人でも大丈夫だろう。
俺はアンさんと一緒に店の外に出ようと、食器を片付け始めた。
「手伝います」
「いえ、流石にお客さんをカウンターの中に入れる訳には…」
「そっか、すみません」
「いえ、少し待っていて下さいね」
手早く食器を片付け、俺達は一緒に店の外に出た。
俺は挨拶を交わして、すぐに別れるつもりだった。けれどアンさんは、お礼のタイミングを伺っていたらしい。
鍵を閉めて防犯用のセキュリティを作動させると、アンさんが話を切り出した。
「あの…お礼を、お礼をしたいのですが」
「あ、いや、構いませんよ」
「でも…」
「なら、また店に来て下さい」
「え?」
別に大した事はしていない。
少しだけ一緒に眠って、簡単な朝ごはんを一緒に食べただけだ。
「また飲みに来てください。お客さんが酔い潰れる前に…」
俺は少し意地悪そうな顔をしてそう言った。
けれど、アンさんは「はい」と言って、良い顔で返事をしてくれた。
「それじゃあ、また。朝ごはん、ありがとうございました」
「はい、さようなら。お気を付けて」
何度も頭を下げるアンさんに、俺は手をひらひらと振って見送った。
こうして俺とアンさんは、店員とお客さんとしてお店を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます