第3話 目覚めはアンさんと共に(1)
どうやら俺はそのままアンさんの重さと柔らかさに負けて、あのまま一緒に眠ってしまったらしい。ふと気が付いて目を開ければ、胸の上に温かな重さがあり、顔を上げればアンさんが俺の上でうつぶせになって寝ているのが見えた。
「っ!」
人間は驚きすぎると咄嗟に声が出ないらしい。
それから一気に意識が覚醒し出すと、急に腰やら首やらに痛みを感じた。
俺は結局あのまま変な態勢で眠ってしまったようで、それらの痛みで俺は目を覚ましたようだ。
俺はアンさんを起こさないようにゆっくりと動く事にした。
けれど、また変な体制になったのだろう、腰の辺りがピキっと鳴った。
「って…」
「⁉」
俺の小さなうめき声でアンさんの目が覚めたようだ。
しかもそんな小さな声で一気に覚醒までしたらしい。
「っつ!!すみません!すみません!」
アンさんは涙で腫れた目を、ショボショボとさせながら、身体を起こし、謝ってきた。そんな彼女の定まらない焦点を見て、笑いがこみ上げるも今は我慢だ。お客さんの顔を見て笑うのは失礼だ。
「いや、大丈夫です、お客さんも大丈夫ですか?」
「っ!!私は大丈夫です!本当に申し訳ありませんっ!」
「なら良かったです」
ソファーの上で手をついて謝る勢いのアンさんを止め、俺はソファーの上で上半身を起こした。
「変な角度で寝てたから腰が痛くなっただけで、起きたら大丈夫だと思います」
「お…重かったですよね…」
自分の失態に明らかにしょんぼりとするアンさん。
「軽いです…と言えばウソになりけど、重くは無かったですね」
反省の念からか頭を抱えてうんうんと唸っているアンさんをそのままにして、俺はソファーから立ち上がる。って、アンさんもそう言う所があるんですね。
俺はぐい~っと背伸びをして、腰に手を当てて骨盤をぐるぐると回し、ストレッチのような感じで腰を動かした。
「6時半か…」
体を動かしながら店内の時計を見ると朝の6時半。
どうやらあれから5時間近く眠っていたらしい。
「お客さん、仕事は大丈夫ですか?」
「え?あぁ、今日は土曜日なのでお休みです…」
「じゃあ急がなくて大丈夫そうですね」
アンさんの返事を聞いた俺はカウンターの内側に入った。
そして私物置き場から洗面用のタオルを2枚ほど取り出し、そのまま掃除用のシンクまで戻り、ざぶざぶと頭と顔を洗った。
「はぁ、スッキリした」
ガシガシと頭を拭いて、ブンブンと頭を横に振って意識を覚醒させる。
だめだ、まだ少し眠いか?。
そんな俺の様子をアンさんはもの凄い顔で見ていたと思うけれど、それはあえて無視をした。まぁ突然でビックリはしただろうな。
「お客さんも洗います?」
同じ様にしますか?と言う感じで聞いてみたけれど、全力で否定された。
やっぱり俺の行動に驚いたようだ。
「洗面所はお手洗いにしか無いので、よければどうぞ」
予備のタオルを渡しにアンさんの元へ寄る。
俺の髪はまだ濡れたままだったので、毛先から水がポタポタと肩にかけたタオルに落ちていた。
そんな俺の様子を見たアンさんは、渡したタオルで俺の髪を拭こうとしてくれた。
「あ、それお客さんの…」
「ちゃんと拭かないと」
俺が断る前にアンさんは少しだけ柔らかい苦笑いをした。
まるで親戚の子供の世話をするお姉さんのような、そんなどうしようもない子供を相手にするような、何とも言えない顔だ。
なのにどこかで悲しそうな顔に見えるも不思議だった。
だから俺は何も言えず、少しかがむようにして、彼女が俺の髪を拭きやすいように頭を下げる事にした。
髪の毛を拭くアンさんを思えば、昨日の「じろう」という、見た事も会った事も無い男にちょっぴり嫉妬をしてしまったのは、仕方の無い事だろう。
「できました!」
俺から離れたアンさんは、何故だか晴れ晴れとした顔をしていた。
「ありがとうございます…」
「どういたしまして」
お礼を聞いたアンさんは、再び晴れやかな顔で笑っていた。
けれどアンさんは、少しだけ腫れた目をしていたからか、やっぱりどこか悲しそうにも見えた。
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