第2話 アンさんが好きなのは俺じゃない(2)
アンさんは眠っているし、暫くは放っておいても大丈夫だろう…。
そう思った俺は、カウンターの奥にある私物置き場へ行って私服に着替えた。
服を着替えて戻ると、先ほどから1ミリも変わらないアンさんの様子にホッとする。
「アンさ~ん、起きて~」
そのままアンさんの隣のカウンター席に座り声をかけるが、アンさんはピクリともせず、いい感じで夢の中にいる。この店のテーブルはアンさんにとって寝心地が良いらしい。仕方が無いとばかりに、俺はアンさんの隣で、頬杖をついて彼女の寝顔を眺めていた。
(起きている時も幼い印象だけど、寝ている時はもっと幼いな…)
そんな風に思いながら、アンさんの頬に落ちて来た髪を彼女に耳にかけてあげた。
「可愛い…」
思わず漏れた本音に、自分で驚き席を立ちあがる俺。
「っつ!マジでこれはやばい…お客さん、お客さん、アンさんはお客さん」
俺は頬をペシペシと叩いて冷静さを取り戻す。
少し落ち着けば、深呼吸を繰り返し、思考を切り替える。
「あ~、あ、…アンさん…起きれますか?…」
少し小声になるのは後ろめたからだろうか。
アンさんへ呼びかけて、彼女の肩をチョンチョンと揺するも、全く起きる気配が全く無い。
「はぁ…。マスターの言う通り、ソファー席に移動させるか」
アンさんに触れるのは業務命令。
そう自分に言い聞かせ、アンさんを抱えながら、ゆっくりとソファーに座らせた。ソファーに座るなり、くてんと首を横に傾けるアンさん。
「あはは、それじゃ首が折れちゃう」
まるで幼い子供の様にソファーにもたれて、少し口をあけて無防備に寝るアンさん。抱きかかえて連れて来たから、アンさんをソファーに座らせる際に俺も一緒にソファーに座る形になってしまった。
アンさんから離れる様に、そっと席を立とうとした時、立ちあがろうとする振動で彼女は起きてしまったらしい。
「うぅ…ん?」
「アンさん、起きた?」
安堵した俺はアンさんの顔を見た。けれどまだ完全に覚醒はしていないのだろう。
彼女は「じろさん!」と言って俺の首に抱き着いた。
「えっ!」
「じろさん!じろさん!」
「え!、ちょっ、えっ!」
驚いて動けない俺。
アンさんは「じろさん、じろさん」と言って抱き着いて離れない。
「じろう」と男の名を呼ぶアンさんの声に、複雑な気持ちになった俺は、彼女を引き剥がそうと少し力をこめた。
するとアンさんは、まるで離れる事を嫌がるかのように、再び俺にしがみついてきた。
「いっちゃ…やだ…じろさん」
「あ、アン…さん?」
夢の中でシクシクと泣き出したアンさん。そんな彼女は困惑する俺を知ってか知らずか、しがみついたまま、泣き続けて深い夢の中へ落ちて行った。
「はぁ…」
俺はアンさんの言動に盛大にため息を吐いた。
俺がほんのちょっぴり憧れていたアンさんは、どうやら「じろう」という男に振られてしまったらしい。
それにこの様子だと、アンさんは「じろう」とやらが本当に好きで、未練があるようだ。
「じろさん…」
眠りながら呟いたアンさんは、まだ泣いているようだった。
アンさんは夢の中でもまた振られたらしい…。眠りながら泣いているアンさんを見ていたら、とても気の毒に思えてしまった。
「行かないから、どこにも行かないから…」
俺はそう言ってアンさんの頭を撫でて慰めた。
(はぁ、これ…もしかして失恋ってやつ?)
大人の恋愛って難しい…。
そんな事を思いながらも、俺は自身が言った通り、彼女が目を覚ますまで傍に居る事にした。
徐々に重くなるアンさんの身体。俺はソファーに座ったまま、彼女の重さを目が覚めるまで受け止める事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます