第17話 アストリットの生い立ち
アストリットは生まれてこのかた、父にも母にも似ていない容姿をしていた。幼い国王に似ているあたり、実父に似たのだろう。
五人の姉たちも、姉妹とは思えないほど全員違う容姿をしていた。
アストリットが知っているのは、母が男性とそういう関係を持たないと精神が不安定になるということだけだ。
小さい頃から、地味で穏やかな母が、イライラしたり悲しいことがあったりすると下男を呼び、小部屋に連れ込んで、嬌態を繰り広げて精神を落ち着けているのを見てしまうことがあった。
だからジルヴェスターとの初夜——男性と関係することが何をされることか知っていたから、行為自体には動揺しなかった。
あとは、修道院に赴く前、オストヴァルトの伯父の妻、義理の伯母が、「知っておいた方がいいかもしれないけど——」と難しい顔をしてしめやかに打ち明けてくれた話である。
アストリットの母、フリーデリンデは嫁いでくるなり父と熱烈な関係を持った。父は世界一幸せな男になった。だが、その数ヶ月後、父の親友が結婚祝いに父の城へと訪ねてくる。
母は父の親友と関係を結んだ。そして、妊娠し、父の親友の子を産んだ。父は激怒したが、すぐ母の「手練手管」におとなしくなった。
次に母は城に訪ねてきた吟遊詩人と
母は今度、父の城を略奪しにやってきた盗賊五名を相手にした。そして盗賊の子を産んだ。父は激怒したが、すぐ母の「手練手管」におとなしくなった。
母はその時までは自分の行動を悔いる程の理性は残っていたらしく、父とともに巡礼の旅に出かけ、ある修道院へ向かった。そこで若い修道僧たちを誘惑して交代交代で彼らを自分の臥所に招いた。そして修道僧の子を産んだ。父はその時、絶望の涙を流し、一週間高熱に苦しんだ後、今までの繊細な性格とは打って変わった粗野な人柄に変わっていた。
そして五番目の娘は、一番最初にできた娘の夫が城に訪ねてきたのを、いつの間にか誘惑して、身ごもっていた。父は酒と博打に溺れはじめた。
だが、親戚も誰も、父の訴える母の行為を信じなかった。夫婦仲が良かったし、地味な母はそんなことをする人間に見えなかったからだ。だから、オストヴァルトの伯父も最初は気の弱い弟が変なことを言っている、と思っていたらしい。
ついにオストヴァルトの伯父が真実に気がついたのは、母がアストリットを身ごもった時だったらしい。
母はたまたま父の名代で宮廷に参じていた。当時即位したての年若い国王は、一時期政務を放棄するほど、母に夢中になった。そして——アストリットが出来た。
もちろん、母には妊娠に至らない関係も豊富にある。下男たちはよく母の相手をしている。行商人も。そして、娘婿は全員ちょっかいを出される。一番目の娘と二番目の娘と四番目の娘の夫は娘を愛さず、母ともっぱら関係がある。三番目の娘は盗賊の娘という「噂」のせいで結婚できず、五番目の娘は一番上の娘から酷い扱いを受けてやはり結婚できずにいる。
しかも、揃いも揃って性格が悪かった。
そこで「父の種類が違う」アストリットは、姉たち全員の不満の
娘たちのどの婿よりも見目麗しく金持ちなジルヴェスターは、母にとっては格好の餌食だった。母は金持ちの男から金を巻き上げるのが好きだから。
ぼんやりとしていると、扉が開いた。ちょこんと亜麻色の髪がのぞく。——おそらく弟である、国王だった。侍女を連れていた。
「ちょーしはだいじょうぶか、アストリット」
「お陰様で。陛下にはご迷惑とご心配をおかけしまして——」
「ごめーわくはかけられておらん」
四歳児は尊大にもアストリットの寝台の上に乗ってきた。群青の瞳が、まっすぐアストリットを見る。
「アストリットはちちうえをごぞんじか?」
「……」
国王はしょんぼりした。
「ザイルストラはははうえがだいすきでけっこんしたいのだ」
「……はあ」
「まいにちくどいておった」
口説くという言葉を四歳児に教えるな。アストリットは周囲の大人に怒りそうになった。
国王の地位にある聡明な四歳児は、いきなり枕を母に見立てて、大きく揺らし、ザイルストラ公爵のモノマネをし始めた。
「『私なら貴女を誠実に愛することができる! 今の妻とも離婚しました。私には貴女しかいない!! 先王などにいつまで貞操を捧げているおつもりですか? 先王は貴女が嫁ぐ随分と前、人妻との間に娘を儲けたのですよ!』……と。りこんとか、てーそーとか、ひとづまとかってなんだ?」
そんな言葉を四歳児に聞かせるな。姉としてなのか、なんだかアストリットは悶々として、ザイルストラ公爵を問い詰めたくなった。
「とにかく、ははうえがいうには、よにはあねうえがいるそうだ。……アストリットがあねうえか?」
「……」
「アストリットはちちうえににておるのだ」
「……わたしは」
なんと答えれば良いかわからなくなった。
「それをきいたら、じいは、おすきにおかんがえください、とこたえてきおった」
「もし……、わたしが陛下の姉上でも、姉です、とは答えられません」
「どうして?」
「世の中には、子供のうちに知ったら悲しいことがいっぱいあるからです。知らないことを知らないまま、大きくなってから知ることも大事です。……でも、わたしは陛下と一緒にいるのが好きです」
国王ははにかみながら笑った。
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