帰り道、2人並んで
会計を済ませて店を出ると、ほんの少しだけ空は茜色に染まりかけていた。
思ったよりも長々と話し込んでいたみたいだ。
「なんか、いきなり延々と喋ってて悪かったな」
「いやいや、むしろありがたかったよ! でもなんでここまで色々教えてくれたの? まともに絡んだのなんて今日が初めてだったのに」
お互いに目的地は駅の方だったので、2人肩を並べながら歩いた。
風祭さんは自宅からここまで距離があるのか自転車で来たようで、自転車を押しながらだけれども。
駅までの道すがら、今日いきなり一気に詰め込みすぎたことを謝罪すると、風祭さんから疑問を投げ掛けられた。
まあ、確かにそう思うよな。
俺もそもそも最初は乗り気じゃなかったし。
とりあえず、俺が書いて使ってたノート等を渡して軽く解説するくらいのつもりだったんだけどなぁ。
「んー、まあどうせこれから教えることになるなら、基礎力がついてたほうがアドバイスしやすいしな。何日も同じところで躓いて先に進まないみたいなことになると時間の無駄だし」
「あ、そういう……。でも、うん、納得」
少し面白くなさそうな表情をする風祭さん。
「もしかして、私に一目惚れして……!? みたいなこと思ってた?」
「え!? いやいや、流石にそこまで自惚れてないよ!!」
「あはは。冗談冗談」
「うー、なんか早速主導権握られてる気がする……」
「そりゃあ、俺が教えるんだから、主導権くらい握ってないと……なぁ?」
「それは教えてもらう時だけでいいよ!」
面白くなさそうな顔をしたり、慌てたり、照れたり、不満そうな顔をしたり、本当に面白いくらいにこの子は色んな表情を見せてくれる。
とても素直で純粋なんだろう。
それはこの子の一番の長所だと俺は思っている。
アドバイスをしても素直に聞き入れることができなかったり、捻くれた受け取り方をしてしまえば、天才じゃない限り吸収して成長なんてできない。
それにここまで素直なのは、人に好かれやすいタイプだと思う。
特に先輩や歳上に可愛がられる質だ。
この子が目指している世界は人と人との繋がりが特に重要な世界だ。
嫌われればすぐに生きていけなくなる。
でも逆に好かれれば仕事も増えて、その分経験も技術も磨くことができる。
現に彼女の性格や態度に俺もとても好感を持つことができた。
だからこそ、ここまで色んなことを教えてしまったんだろう。
まあ、これは本人には言わないけれど。
だって照れくさいし。
「そういえば風祭さんってどこでバイトしてんの?」
「私はね、駅の近くにあるスーパーでやってるよー。高校生で雇ってもらえるところって結構限られてるからさ」
「あー、あそこか。俺も時々使うわ」
「そうなの? 全然見かけたことないけど」
「まあ、いちいち客の顔なんて覚えてないだろうし。頻繁に使うわけでもないしなー」
「それもそっか。じゃあ今度来店したときは声掛けてよ」
「嫌だよ。てか声掛けてなに話せばいいんだよ。ちゃんと仕事に集中しなさい」
「はーい。でも、挨拶くらいはしてね」
「見かけたらな」
バイト中に話す暇なんてないだろうに。
本当にこの子は人懐っこいというかなんというか……。
「白鳥くんはこれから仕事なんだっけ? なんかの収録?」
「まあ収録っちゃ収録だけど、具体的な内容は秘密」
「守秘義務ってやつ?」
「まあ、そんなもんかな」
この業界は結構秘密にしないといけないことが多い。
情報漏洩してしまった場合、自分だけが責任を取るだけに収まらず、事務所や共演者、制作の方々にも多大な迷惑を掛けることになるから。
賠償金に信用の失墜による出演NG、これくらいなら……で失うものが大きすぎる。
今日、目の前の女の子に自分の秘密がバレてしまった俺が言っても説得力がないと思うけれど、このこともきちんと言い聞かせておかないと。
「ふーん、やっぱり大変な業界なんだね」
「些細なことでも情報の管理は徹底してないとやっていけないからな。今のうちからちゃんと意識しときなよ。本気で俺たちの世界で生きていきたいなら」
「じゃあまずは白鳥くんの秘密を守らなきゃね」
「そこは本当に頼む。まじで冗談抜きに」
「そこまで私信用ないの?」
「まともに絡んだのが今日が初めてだからな。そう簡単に信用までは至らねぇよ」
好感の持てる人物だとは思えても、全幅の信頼も信用も置くことができるわけじゃない。
そこまで純粋でも単純でもないからな。
お互いにお互いの秘密を握っているからまだ交換条件を飲んだし、この関係を築くことにしたけれど、もしこれが一方的だったのなら即転校しただろう。
「そう言われればそうだけど……。でも、それならそっちこそ私のこと言わないでよ?」
「そこは俺も気をつける。ていうか、なんでそっちは秘密にしてるの? 芸能界を目指してる子や配信者になりたいって子ってそこそこいると思うけど」
「それはそうなんだけど……でもまだちょっと……」
何かに怯えるような、悲しそうな顔をする彼女。
やっちまった……。
ただふと疑問に思って聞いてみたことで地雷を踏み抜いてしまったみたいだ。
「……そっか。でも、いつか胸を張って言えるようになれたらいいな」
「……うん。だから自信を付けたい。人に自分の夢を堂々と言っても、笑われたり馬鹿にされたり否定されたりしないくらいに上手くなりたい。だから……これから頑張るから、めっちゃ頑張るから、どうかお願いします」
自転車を止めて、真剣な表情で頭を下げてくる風祭さん。
時間が止まったように感じしてしまった。
夏の風だけがそれが錯覚だと教えてくれる。
「俺もできる限りのことはする。教えられることはちゃんと教える。でもその自信をつけられるようになるかは風祭さん次第だ」
「うん」
「だから頑張ろう。君の夢を叶えられるように」
「うん!」
ようやく笑顔を見せて、いつもの調子を取り戻した風祭さん。
自転車のスタンドを上げて、また俺の隣に並んで歩き始める。
まだまだ始まったばかりの関係だけれど、今のこの光景がこれからの2人を表しているように感じたのだった。
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