1-27【惨憺たる幕引き】

 


 耳鳴りが酷い。


 頭が割れそうに痛む。


 サイレンの音が住宅街に反響し、赤い光の点滅が視界に映り込むと、その刺激に触発されたのか強烈な吐き気がせり上がってきた。



 ……ん、ごえええええ……



 胃液の臭いが鼻に抜けて、さらに吐き気が助長される。

 

 距離感の掴めない声が膨張と収縮を繰り返しながら何事かを囁いているかと思えば、険しい指示の声が罵声となって響き渡る。


「すぐに搬送しろ……!! 被害者の男性と児童、祓魔師二人の計四名だ……!!」


「周囲を閉鎖し最大レベルの警戒網を敷け……悪魔を発見しても壱級未満の人間は悪魔と接触させるな……!!」

 


 ぼやけた視界の中に現れた影に向かって真白は口を開く。

 

「室……長……犬塚さんは……」

 


「賢吾くんは大丈夫だ。今は喋らなくていい……!」

 

「悪魔が……顕現しました……なま、えは……み……み……み……」


 真白の脳内が苺シェイクのようにぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。


 真っ赤なジャムと白いバニラがマーブルを描き、真紅の血と灰白色の脳がピンク色のババロアにか、か、か、変わりゅ。


 言葉と思考がまとまらず、とうとう真白の両目は異なる方角を向き意識を手離しそうになる。





「言葉と思考に鍵が掛けられている……恐らくトリガーは悪魔の名だ……」


 京極は真白を担架に乗せるとどこかに電話をかけた。


 狂った感覚と歪んでぼやけた世界の中で、真白の耳に京極の会話が途切れ途切れ聞こえてくる。


「もしもし……部下が悪魔と接触しました。名前を伝えようとして意識を失いました。ええ……ええ……おそらくは……。はい。思考を聖別カドシュする必要があります……そちらに? わかりました……」

 

 電話を終えた京極が数名に指示を出すと、犬塚は救急車に運ばれ、真白は窓にスモークの貼られた黒塗りの車へと運ばれていく。


 車に乗せられる寸前、ほんの一瞬だけ犬塚と真白の目が合った。


 互いの目には同じ色をした鈍い痛みが揺れている。



 ……守れなかった……


 その景色を最後に、二人は車へと乗せられ今度こそ意識を手放すのだった。


 

 それを見送った京極がぽつりと呟く。

 

「やれやれ……困ったことになったね……まったく」

 

 その言葉は荒れ果てて煤けた部屋の壁や天上に吸い込まれるようにして消えていった。

 

 焼け残ったカーテンの隙間から差す残光のような青白い月の光が、無慈悲な優しさをもって舞台を照らし、ペルソナの惨劇は静かに幕を閉じるのだった。

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