1-11【嗅覚】


 

 現場に到着した二人は雑居ビルの焼け跡を見て確信する。


「どうやら通学路の火事も魔障絡みで間違いなさそうだな……」


「だからもっとちゃんと見るべきだって言ったんです!!」


 目を細める真白に犬塚はバツ悪そうにつぶやいた。


「臭いがしなかったんだ……しょうがねえだろ……」


 ……どうやら犬塚は、自分の嗅覚に相当な自信があるらしい……



 気まずい沈黙を誤魔化すように二人は辺りに目を凝らすが雑踏の中にアキラと思しき人影は見当たらない。

 

 真白はため息を付いてから気を取り直して口を開いた。

 

「でも、中学生がこんな夜の街にどうして来たんでしょう? あの子達の話を聞く限りでは、こういう場所を毛嫌いしそうなのに……」

 

「毛嫌いしてるからこそじゃねぇのか? 放火を繰り返すなんて正気の沙汰じゃねえ……を見たくねえ、よっぽどの理由があんだろ……くそ……もう一軒の火事の現場が何屋か分かればな……」

 


 墓穴を掘った犬塚は再び顔をしかめて頭を掻きむしった。

 


「わかりますよ」

 

 見ると真白が胸を張ってこちらを見ている。

 

「わたし、でちゃんと見てましたから!」

 

 そう言って真白は自身の目を指差した。

 

 その時、ほんの一瞬だけ真白の目が紅く光ったように見えて犬塚は目を細める。

 

 しかし真白の目は元の色に戻り真白にもそれ以上変わった様子はない。

 

「それで、何屋なんだよ……あそこは……」

 

 仕方なく尋ねた犬塚に真白は得意げに宣言した。

 

「駄菓子屋です……!! 燃え残った駄菓子のカスが落ちてました。あんまり売ってないようなレトロな食玩も……!! でも、いまいちこことの繋がりが見えませんね……てっきりと関連があると思ったんですが……それに何か重要なことを見落としている気がします……」



 それを聞いた犬塚の中で何かが繋がっていく。


 成人雑誌……駄菓子屋……風俗店……

 

 それは触腕を伸ばす原生生物アメーバのように彼の持つ野生の感覚と記憶を結びつけていくが、うまい言葉に進化することはなかった。


 

「燃やされたのは……どれも男が好きそうなもんばっかだな……」


 なんとか捻り出した犬塚の言葉に真白が目を見開いた。




「そうか……時間……!!」


「いきなり何だよ? また飯じゃねえだろうな……?」


「違います!! 風俗店に火災が起きた時。アキラくんは学校にいました!! 彼に犯行は不可能です!! つまり放火犯は……」



 その時犬塚の鼻があるはずの無いニオイに反応する。


「……!? なんで宮部の臭いがこんな場所に……!?」


 犬塚の放った予想外の言葉に驚いた真白は驚いた真白は、思わず話を中断してしまう。


「宮部くん!? 間違いないんですか!?」


「ああ。一度嗅いだニオイは忘れたくても忘れねえ……魔障の臭いもする……どうやらここで魔障に出くわしたらしい……」


「それって……先輩のですよね……? そんなことまで分かるんですか?」

 

「まあな……簡単に言や、ニオイが見える」



 犬塚はボソとそう呟くと、目を閉じて鼻に意識を集中した。

 

「どうやら宮部は逃げたみてえだ……宮部のニオイだけ遠ざかってる……」

 

「宮部くんは無事なんですね!? よかった……急いで宮部くんの安全を確保しましょう! 事件に巻き込まれてる可能性もあります……!!」

 


 真白の真剣な目をちらりと見てから、犬塚は静かに言った。



「わかった……こっちだ……」

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