1-3【火種は音もなく】


 犬塚と真白は黒のビートルに乗り、魔障反応のあった住宅街の中を目的の中学校に向けて走っていた。

 

 戦争とも災害とも呼ばれる地獄の七年間が残した物理的な傷跡はすでに皆無で、街は一見すると平和そのものに見える。

 

 しかしこの街のどこかに確かに悪魔憑きが潜んでおり、今も狡猾に獲物から生き血を啜っているのだ。

 

 そう考えると世界は一気に胡散臭い気配を帯び始め、道を行く人々の誰もが何事かを秘め隠しているような気さえしてくるのだった。



 人は誰しも見られたくないを隠すために仮面を被っている。


 透けて見える仮面の奥の本性は、大抵の場合気持ちの良いものではない。

 

 真白はそんな考えを振り払うように犬塚に声をかける。


 

「先輩って車好きなんですか? 今時こんなレトロな車、簡単には手に入らないんじゃ?」

 

「……コイツは貰いもんだ」

 

 ハンドルを握る犬塚は微動だにせず前だけ見つめて静かに答えた。


「へぇ……そうなんですか……」

 

 なんとなくそれ以上踏み込まない方がいい気がして、真白は口をつぐむ。

 

 再び窓の外に視線を移すと、真白の目に商店の焼け跡が飛び込んできた。

 

「火事ですね……」

 

 犬塚も気になったようで速度を落として焼け跡の前に車をとめると窓を開けた。

 

「何も……」

 

 犬塚はそれだけつぶやくと、再び車を発進させる。

 

「待って下さい……!! 今回の事件と関連があるかもしれません……!!」


 真白はそう言って振り返ると、ゆっくり遠ざかっていく焼け跡に目を細めた。


「何も臭わなかったって言っただろ……!?」


「わたしはまだ何も確認してません!!」


「先輩に従え……!!」


「上官はわたしです……!!」

 

 

 煤けた臭いが音もなく車内に忍び込んできた。


 犬塚はその臭いに一瞬顔をしかめると無言でアクセルを吹かして車を加速させるのだった。

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