第2話 私の恋は偽物らしい……でも好き! 中編

 助けられたクラゲ事件が起こったのは、私が小学一年生の時だ。

 自由研究に、海ごみ調査をしようと意気込んだのである。


 幼稚園までは親と一緒でないと砂浜までは行かない約束だったし、親とくっついている子供なんて遠目に観察されるだけで、その頃は仲の良い浜っ子もいなかった。


 その日の私は、砂浜なら行っていいと言われて浮かれていたと思う。

 一応、ライフジャケットを羽織ったけれど、海には入らないと約束させられた。

 だけど、大きなゴミ袋をぶら下げて目についたゴミを集めているうちに、注意されたことなんて忘れてしまう。

 海の中にもチラチラと気になる色が、落ちていたり浮いていたりするのが目についたのだ。


 それはゴミだったり、貝殻だったり、海藻だったり。

 浜に打ち上げられているものよりも、海水の中ではユラユラと綺麗に揺れて見えるのも珍しかった。


 波打ち際までならいいよね、が、足首までならいいかな? になり。

 そのうち、膝までなら大丈夫かも……に変わって、ふと気が付くと腰位の深さのところまで来ていた。


 その時に初めて、海には入らないという約束を思い出した。

 海に入ったことがバレて怒られてしまう。

 ザブザブと砂浜へ戻ろうとしたのに、波に足を取られた。


 グンッと身体が沖に向かってそのまま流される。

 アッと思った時にはつま先も海底に届かない場所まで来ていて、砂浜に戻ろうと手足をばたつかせても遠ざかるばかりだった。


 今ならそれは離岸流だとわかるけれど、子供だった私は海のお化けが波の形になって襲ってきたようにしか思えなかった。

 ライフジャケットのおかげで沈まなかったけれど、怖くて、さらう海流も冷たくて。


 ギャーッと叫んだのは覚えていない。

 でも、陸から近づいてくる水しぶきの音に気が付いて、本格的にパニックになった。

 人間とは思えないスピードで、黒いものがグングンと近づいてくるものだから、本気でここで死ぬのだと思った。


 だって、黒い弾丸のようだったのだ。

 もしくはパニック映画のサメである。

 

 怖い、怪物まで来た。

 あばばばばば……とジタバタしている私のライフジャケットの襟首を後ろから、グイっと掴まれたのはその直後である。


「暴れんなよ、力を抜いて浮いてろ」


 その声で、ものすごい勢いで近づいてきたそれが、人間だとようやく理解した。

 気が付くと身体にロープを巻かれていた。

 それでも、人の皮をかぶった海のお化けとしか思えなくて、ビビって指示通り背泳ぎ姿勢で浮かび続けた。


 そう、私の名前は海月である。

 クラゲになりきることぐらい、出来る子なのである。


 その人はロープを持ったまま陸と平行に泳いで、沖へと流れる変な潮流のない所で待っていたボートへと私を引き上げてくれた。

 あとから知ったけれど、海のお化けは航太だった。


 こうして、私は助かったのである。


 あとから聞いたのだけれど、泳ぎに来た中学生たちが、沖に流される私に気が付いて、救助してくれたそうだ

 大人を呼びにいったり、ボートを用意したり、中学生のお兄さんたちは大活躍だった。

 担任になった先生が夏に入る前、離岸流について授業をしていたらしい。


 後日、親と一緒にお礼を言いに行った時。

 民宿を営業する優しそうなお母さんが「怖かったねぇ」と慰めてくれた。


「離岸流は大人でも怖いからね」

「それよりお兄さんが怖かったです。パニック映画のサメかと思いました」


 航太には「は?」とすごまれたけど、よけいなことを言った私のおかげでみんな笑い出し、親同士も友達付き合いが始まった。

 海に流されたアホの子なので、ちょっぴり有名人になった私は、気にかけてくれる同年代の友達もできた。

 

 海辺の友達の中でも、航太は特別だった。

 年上のお兄さんはそれだけでかっこよく見えるし、ぶっきらぼうな態度をしていても航太は優しい。

 まぁ、高校生ぐらいの時にはウザがられたけれど、無敵の小学生だった私は航太に全力で突撃した。


 中学・高校・短大と順調に恋の階段を上っていく私の好きを、航太は受け取ってくれない。

 塩対応ではないし、優しくはあるし、気にかけてくれるのに、やっぱり最終的には不機嫌なしょっぱさで終わる。


 助けてもらった人に、恋をしてるなんて、本人に伝えたのが悪いのだろうか。

 冗談はよせ、と、タチが悪い、のツーセットを、好き好きアピールと同じ年数、お返事としてもらっている。

 七歳から先月二十歳になるまで、恋をしているアピールをしているのだから、この恋をニセモノ扱いされるのは悲しい。


 あぁ、本当に恋って難しい。

 でも好き。

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