私の愛は偽物らしい……でも好き!

真朱マロ

第1話 私の恋は偽物らしい……でも好き! 前編

 真っ青な空に、磯の香り。

 何度来ても新鮮な表情を見せる海辺の町は、不思議と肌になじんで懐かしい空気をしている。

 ここは私にとって、第二の故郷だ。


 私は、おばあちゃんが住んでいる家をめざす。

 お盆やお彼岸やお正月といった季節の行事には、母の実家に泊りがけで来ていたので、通いなれた道だ。


 目的地は、電車から降りて20分ほど歩いた高台にあって、上っている途中で航太に会った。

 6歳年上の航太は、両親が経営する食堂兼民宿を手伝っている。

 会うたびに日に焼けてがっちりしてきて、マッスルミュージカルの体形に近づいている。


「ひさしぶり、元気にしてた? 昔、助けてもらったクラゲですよ」

「あのな、海月みづき。つまんねー冗談は、いい加減にやめろ」


 声をかけるよりも先に目が合ったときは、うれしそうに見えるのに。

 定番になった挨拶をすると仏頂面になるので、その落差がいつも面白い。

 味付けも何もしていないゴーヤを丸ごと突っ込まれたような顔をするので、えへへ、と笑いながら駆け寄って航太を見上げた。


 久しぶりに見ても、相変わらず、かっこいい。

 苦虫を嚙み潰したような顔をしてても、好き。


「ひさしぶりってのと、昔、助けてもらったのは本当だよ?」

「タチがわりぃんだよ、いろいろと」


 不満げにフイッと目をそらしたけれど、航太は私の荷物を持ってくれた。

 無口な航太は祖母の家に向かって歩く間、うん、とか、ああ、とかそんな返事しかしてくれないけれど、私は私の近況をペラペラと話し続ける。

 短大で勉強中だからここで卒業するとか、もうすぐ栄養士の資格を取れそうだとか、街で流行ってるスイーツの作り方を研究しているとか、言葉にするのはそういう事。


 だけど内心では、真新しい夏のワンピースを着た私に見惚れてくれないかな、とか、夏らしいショートヘアにしたけど、航太は長い髪と短い髪のどっちが好きかな、とか。

 子供の時はこういう時、荷物を持ってない方の腕に飛びついたけど、今は難しいなぁなんてことばかりだった。


 浮かれている私と違って、航太はクールガイのままで、祖母の家についたら荷物をポイっとばかりに置いて仕事へと戻ってしまった。

 別れ際、晩御飯を食べに行くね、というと、わかった、と返事はしてくれたけど、どこか不機嫌そうだったので気持ちがしぼむ。


 航太の不機嫌の理由は、たぶん、私の定番のあいさつ。

 ここ数年、助けられたクラゲ・ネタを使うと、仏頂面が二日は消えない。

 嫌がられる理由はわからないけど、もうやめたほうが良いのかもしれない。


 航太と出会った出来事のネタをやめるのは、それはそれで悲しいけど。

 好きが伝わらないのは、もっと悲しい。


「助けてもらった相手が、恩返しに来るのって昔話の定番なのになぁ」


 定番どころか、嫁にまでなるのが常套である。

 このネタは、渾身の嫁になりたいアピールなのに、返ってくるのは仏頂面だけ。

 恩返しはいらないとか、嘘くさいとか、私の愛情をニセモノ扱いしてくる。


 やっぱり、歳の差が6歳あるから、子供の冗談としか受け取ってもらえないのだろうか。

 私自身、年上のお兄さんにあこがれる一過性のハシカみたいな気持ちかもしれないと、迷ったこともあるから、それが悪いとは言えないけれど。

 二十歳を過ぎた私は、もう、子供じゃない。

 

「航太のバカ、でも好き」


 夏休みも、冬休みも、春休みも、航太に会いに、祖母の家に来ているのに。

 気持ちって想像以上に伝わらないものだ。

 足元の小石を、コツンと蹴った。

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