第3話 私の愛は偽物らしい……でも好き! 後編

「海月。来月、航太君、お見合いするって」

「ぶぉぇ?! ふぁんでふってぇぇ?!」


 海辺の町に来てから一週間ほどたった時。

 夕食時におばあちゃんがとんでもないことを言い出すものだから、お味噌汁を噴き出してしまった。

 飲み込むことと、おしゃべりすることは、同時にできなかったので、大惨事である。

 慌てて布巾でふきながらも、それどころではない。


「そんな……私がいるのに」


 鼻の奥がツンとして、食欲が一気になくなってしまった。

 みるみる視界がにじんでくるから、必死で心を落ち着けようとする。

 だけど、上手く平常心を保てなかった。

 メソメソし始めた私に、アラアラとおばあちゃんは笑った。


「あなた、冗談ばっかり言ってたけど、本気だったの?」

「冗談なんて言った事ない」


 おばぁちゃんまで、私の本気を冗談だと思ってたんだ。

 そのことがショックで、涙腺が決壊してしまった。

 いつだって、私の心はストレートだ。

 勝手に流れる涙の滝に、おばあちゃんは苦笑した。


「本気なら、あんなこと言わなきゃいいのに」

「あんなこと?」


「昔、助けてもらったクラゲですよ」


 またか。航太が不機嫌になるセリフなのは知ってるけど、どうして?

 鶴だって蛇だって鬼だって、お嫁さんになるのに。


「なんで? 助けてもらったら、お嫁さんじゃん」

「お嫁になったその後は?」


「その後……?」


 困った子ねぇと言いたげなおばあちゃんに、私は記憶をたどる。

 助けてもらった後の異類婚姻譚って、どうだっけ?

 改めて記憶を探って、スゥッと背中から冷えてくる。


 基本的に、悲劇であった。

 人間の夫と子供を残して消えたり、報われないままこの世を去る。


 生き別れ、死に別れ、等々。

 理由は様々であれど、殺伐とした別離の道が用意されていた。


 航太が、本気にしてくれなくても、当然だ。

 助けてもらったクラゲですって、めでたしめでたしと油断させた後で、ポイする宣言と同じだったのだ。

 知らないうちに、私は航太を傷つけていた。

 

 冗談はよせ、と、タチが悪い、の意味がようやく分かった。

 意味が分かると、私って、最低な人間の気がする。


 反省はしている。

 だけど、反省して、泣きぬれて、何も言わずに諦めるのは嫌だ。

 グイッと手の甲で、こぼれてきた涙をぬぐった。

 おばあちゃんに差し出されたティッシュで、ついでに鼻もかんで立ち上がった。


「おばぁちゃん、ちょっと、航太の所に行ってくる」


 ベソベソしながら家を出て、歩いているうちにちょっと落ち着いた。

 お食事処もやっている航太の家は、夕食時ということもあってにぎわっていた。

 お客も知っている家族連れが多くて、それぞれのテーブルの間を航太は忙しそうに立ち回っていた。


「航太、誰とも結婚しないで」


 扉を開けて目が合ったとたん、衝動的に言ってしまった。

 航太は目を見開いて「は?」と驚いている。


「なに、突然。つーか、なに泣いてんの?」

「来月、お見合いするって、おばぁちゃんが……」


 言葉にすると、再び涙が決壊した。

 ザーザーと気前よく流れる涙に、あきれたように航太はタオルを渡してくれた。


「それ、街に出て会社員やってる一番上のアニキの話」


 そうなんだ! と一瞬喜んでしまったけれど、納得してはいけない。

 お兄さんの見合いが終わったら、航太の番が来る。

 絶対にダメ。私以外の人との見合いは阻止する。


「鈴原海月、二十歳です。栄養士と管理栄養士の免許はちゃんと取ります。調理師免許が必要ならがんばるから……学校を卒業したら、雇って。そのままお嫁さんにして」

「サラッととんでもねーこと言ってるぞ、てめぇ」


 釣り書きがわりに自己紹介して、今度は誤解されないように伝えてみたら、あきれられた。

 定番のクール・モードに入った航太と違い、馴染みのおじさんおばさんたちは一気に盛り上がる。

 乾杯の嵐が巻き起こって、厨房の方から「就職でもお嫁さんでも、どっちでもいいわよー」と明るい声が響いてきた。


 航太は困ったような顔をしていたけれど、ポンポンとあたしの頭を軽く叩く。

 それは仕方ないなぁという体を装っていたけれど、かまわないよと伝えてくるようだった。

 周囲がものすごく盛り上がってるので、その場の雰囲気のどさくさのようにギュッと抱き着いてみたら、片手で抱きかえされた。

 こんなに近づいたのは初めてだ。

 あったかい。カッコいい。離れたくない。


「航太、好き」

「知ってる」


 少しかすれた返事は、甘さを含んでいる。

 驚いて見上げると、少し照れた航太の顔があった。




 【海月ちゃんエピソードはおわり】

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