第3話

★★


 家に帰ろうと思って校門に向かっていたら、俺は家庭科室の机の上に真紅の薔薇と桃色の薔薇と白い薔薇があるのを目にした。それもとんでもない数。百本以上だ。あまりに多くて数えきれなかった。直径十センチほどの円柱と直径十五センチほどの円柱が重なったものの上に、まるで壁に塗ったペンキのように底面以外の場所の全てに一切の隙間がなく花があった。


 それはチョコレートの匂いがした。


「え、これ食えるの?」


 食用花なのか? いや食用でもさすがにこんな匂いはしないだろ。だとしたらこれはスイーツなのか?


 試しに一つとってみたら、円柱には生クリームが塗られていて、その上に花があることがわかった。


 もしかしてホールケーキ? もしそうなら、一体どうして学校にあるんだ?


 ドアを開けて、家庭科室に男子生徒が入ってきた。髪が青くて、ここから歩いて十分もしないところにある中学校の制服を着ている。確かあそこって、男女問わず黒髪・ピアスなしが厳守で、偏差値は六十くらいの進学校なんじゃなかったか? それでこの色ってやばいよな。

 身長は俺と同じくらいだ。瞳は茶色くて釣り上がっていた。一重で眉間に皺が酔っているから、すこぶる機嫌が悪そうに見える。

 彼は突然、ケーキに向かって拳を振り上げた。


「す、ストップ! 食えなくなるから」

 拳を掴んで俺は叫んだ。


「だから? こんなの食う価値もない」

 とんでもない答えが返ってきた。


「えっと、お前これ作った人知ってるの?」

「知ってる。じゃなきゃ壊そうとしないだろ」

「それはそうかもしんないけど……。なんで壊すの? こんなにできいいのに」

「スイーツさえ食べれば機嫌が治ると思われているのが、我慢ならないからだよ!」


 声が枯れるのではないかと心配するくらいでかい叫びだった。瞳からは、涙が溢れていた。


 俺の手を振り解いて、彼は今度こそケーキを潰した。


 彼の顔が絶望していた頃の自分にあまりにそっくりで、鳥肌が立った。泣き叫んで父さんに助けを求めていた自分が目の前にいる気がして、心臓を鷲掴みされたかのような感覚に襲われる。


 俺の瞳から涙が溢れた。


「騒いで悪かった。片付けは放っておけばあの人が勝手にやるから、お前はしなくていい」

 それだけ言うと、彼は後ろを向いて家庭科室を出ていった。


「頼むから誰か状況を説明してくれ!!」と叫びたい気分だ。

 今のは誰だ? なんで学校に入ってきた? なんで泣いていた?

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スイーツよりも可愛くて食えないアイツに、俺は今日も心を奪われている 鳴咲 ユーキ @yuuki-918

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