最終話 ずっとずっと

「君は、いつから俺のことに気付いてくれてた?」


 二人きりの空き教室。


 そこで、俺は遂に京川さんへ核心に迫る質問をした。


「……へ……?」


 彼女はきょとんとし、ただ疑問符を浮かべるだけ。


 それもそうか。もう少し補足しとくべきだった。


「スイキャス。モブ陰だよ。あれの正体が俺だってのは、いつ気付いてくれてたのかなって」


「……!」


 ハッとする京川さん。


 俺が何を言おうとしてたのか、理解してくれたみたいだ。


「……もしかして……怒ってる……? 中臣くん……」


「え? い、いや、そんなことないけど。怒りはしないよ。怒る理由なんてどこにもない。俺はただ聞いてるだけで」


「ほ、ほんと……? 前、昼休みにからかうみたいにして中臣くんのアカウント見せたから……」


 おずおずと言う彼女に対し、俺は呆れるように笑って返した。


「あんなの別にからかってるうちに入んないよ。普段はもっと童貞とかぼっちとか言ってからかわれてるのに」


「……ご、ごめん……なさい……」


「い、いいって。なんか京川さんらしくないな。そんなしょんぼりしないでよ」


「だ、だって……」


 何かを言いかけ、突如くるっと回って俺に背を向ける京川さん。


 彼女はそのまま顔を隠したような状態で続けた。


「……なんか色んな感情が渦巻いてて……。中臣くんが配信してるのを知ってから、いつかバレるような日が来ればいいなってずっと思ってた。配信中、ずっと私好きって言ってたし……それはリアルで絶対に言えないから……あの場所で言ってた節もあって……」


 京川さんの声は徐々に震え出す。


 言葉も途切れ途切れになり、両手で顔を覆った。


「だからね……今は……感情がめちゃめちゃ。嬉しいのと……恥ずかしいのと……後悔してるのと……怖いのと……」


「……怖いってのはどういうこと?」


「……言えない」


「……どうして?」


「今の関係……壊すのが嫌だから」


 そう言われ、悟られない程度に俺は深呼吸する。


 ここに来る前から、俺の想いは伝えると決めてた。


 もう迷いはない。


「……でもさ、京川さん。俺はさ、俺たちの間に壊れるような関係なんて無いと思ってるよ?」


「……っ!」


 彼女の背がビクッと震える。


 そして、シュンとさっきよりも縮こまった気がした。


「そ、そうだよね……。私、いつも中臣くんのことからかってばかりだし、元からそんな――」


「違うよ。そうじゃない。簡単に壊れるような脆い関係で繋がってるわけじゃないってことが言いたいんだ」


「……え?」


「ずっと昔から、君のことは知ってた。中学受験のために行ってた塾が同じだったのも覚えてる。受験日当日の受験票のことだって」


「う……嘘……」


 言って、赤くなった目のまま、俺の方へとゆっくり向き直る彼女。


 俺は続けた。


「嘘なんかじゃない。中学は俺落ちてさ、別々のとこに行くことになったけど、こうしてまた高校では一緒になれた。入学式で京川さんのこと見つけて、すごく嬉しかった。また一緒になれたって」


「そ、そんな……で、でも私……」


「好きでもなく、ただ闇雲に頑張ってた勉強だったけど、君の姿を見つけた時、心の底から思ったんだ。昔からずっと頑張ってた京川さんみたいに、俺も頑張ってよかったってさ」


「っ……」


「君はずっと俺のあこがれだった。そして――」


 開けていた窓から風が急に吹き込んでくる。


 カーテンがなびき、二人のことを隠すみたいにして、やがて俺たちを包み込んだ。


「俺は、京川さんのことが好きだったんだ。ずっと前から」


 勇気のすべてを振り絞って口にしたその言葉。


 それは、一ミリも嘘の要素が含まれていない本音だ。


 ……が――


「……」


「え……!?」


 もう一度、俺に背を向ける。


 な、なぜ……???


 頭の中に疑問符がたくさん湧き、動揺するしかなかった。なんでなんだーっ!


「え。あの、京川さん……? 俺、えっと」


「……嘘……」


「へ……!?」


「中臣くんが私のこと好きだなんて、嘘!」


「へぇっ!?」


 頓狂な声を上げてしまう。それこそ嘘だろって感じだ。渾身の本音なのに。


「だって、さっきも言ったけど、私、中臣くんのことずっとからかってたし、ひどいこと言ってたし、自分でも思ってたもん! 可愛くないなって! こんな女、嫌われて当然だなって!」


「い、いや……そのっ、た、確かにイラっとすることがあったのは本音だけど、俺の配信じゃずっと告白まがいなことしてきてたし、それも本当のことだってわかったから嫌ってるなんてことないよ!? むしろそんなのより、過去のこととか知ってるから、俺は君のことが好きなんだけど!? え、俺フラれた!? フラれたの!?」


「ち、違っ……! フッてはないよっ! そうじゃなくて、だって……!」


 もう一度、また俺の方へ向き直ってくれる京川さん。


 その顔は涙に濡れてた。


「こんな嬉しいこと……現実だってなかなか思えないんだもん……」


「……っ」


「こんなの、どうせ夢……。夢だから、私に都合いいようできてる……。ただそれだけなの……。だから……」


「……」


「ふぎゅっ!?」


 おもむろに俺は京川さんへさらに近付き、頬をつねった。


 ほとんど力は入れてない。入れてないけど、柔らかい彼女の頬はふにゅんと沈んだ。


「い、いはいっ! いはいよ、なはおみふんっ!? なにふんの!?」


「痛いよね? だったら、これは夢なんかじゃないんだ。現実の世界。で、俺の言ったことは嘘なんかじゃない。百パーセント本気で君のことが好きなんだ」


「ふぇっ……!?」


「だから、君も俺のことをどう思ってるのか、ちゃんと教えて?」


「本音で構わない。何を言われても受け入れるから」


 つねっていた頬を今度は撫でるような形になり、俺はジッと彼女のことを見つめる。


 熱い京川さんの頬は、その熱を確かに表してるような朱へと変わった。


 真っ赤になり、挙動不審に視線を泳がす。俺は決して彼女から目を離さない。ジッと見つめ続けた。


「……そんなの……決まってる」


「……うん」


「私も……好き。中臣くんのこと……大好き」


「うん……っ」


「ずっとずっと大好きだったの……」


 京川さんの応えを聞き、俺は包まれたカーテンの中、彼女の体を抱き締めた。


 この日のことは、きっとこれからも忘れない。


 彼女のことを支えられるその日まで、俺はずっと京川さんを大切にしようと、そう強く思うのだった。

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陰キャ配信者ですが、いつも童貞煽りしてくるクラスの小悪魔美少女が恋愛相談枠で正体に気付かずデレ甘に俺の話をする件 せせら木 @seseragi0920

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