第7話 ほとんど告白
女の子と一緒に弁当を食べるのは初めてだった。
ゆえに、可愛らしい弁当箱の中にどんなものが入ってるのか気になったし、何だったら聞いてみたいと思ってた。「こういうの、自分で作ったりするの?」とか。
とにかく、ゆったりまったり食事をしたいってのが本音だったんだ。
けど――
「――ん。じゃ、中臣くん。食べ終わったから、私の推し配信者のこと、しっかり教えたげるね」
京川さんの意識は完全にスイキャスの方へ行ってるご様子。
すぐに食事を終わらせて、スマホをタプタプスワイプし始めた。
俺はまだ弁当を三分の一ほど余らせてる。絶賛モグモグ中だ。
「あ。全然食べながらでいいよ。観るだけだし」
「そ、そう? てか、京川さんはめちゃくちゃ食べ終わるの早かったね。ちゃんと噛んだ?」
嫌味とか皮肉とかではなく、素朴な疑問だったのだが、京川さんは俺の問いかけに若干頬を赤らめ、
「も、もしかして……はしたない女とか……思ったりしたかな?」
「ん……⁉ あ、いやいや! そういうわけではなくね! 推し配信者についてそんなに語りたいんだなぁって思ったっていうか!」
「それはそうだよ。語りたい。語って……中臣くんに色々知って欲しいもん。モブ陰さんのこと」
色々知るも何も、そのモブ陰って俺自身なんですけどもね。
自分のことは自分が一番よく知ってる。それこそ、京川さんに教えられなくても。
「モブ陰さんね、地味に中臣くんと声似てるんだ。笑えるよね。今から聞かせたげる」
その俺と声が似てる配信者を推してるのか、あなたは。
ツッコみたいけど、ツッコんだら負けな気もして、あえて何も言わずにおいた。いや、何も言えないの間違いか。何も言えないわ。複雑な心境だわ。
立ち上げられたアプリ。スイキャス。
画面上には平日の昼間だというのに配信をしてる配信者たちのサムネイル画像がわらわら表示されており、その中から京川さんはマイページに飛んだ。
そこから、【お気に入りのストリーマー】という部分をタップする。
すると、【モブ陰】という俺の名前が出てきた。しっかりハートマーク付けてくれてる。それだけで顔を手で覆いたくなるレベルだ。恥ずかしすぎる。
「これこれ。配信アーカイブも毎回残してくれててね。リスナーとしてはちょー嬉しいんだ。モブさんの配信付けながら寝るとか私ザラ」
マジか……ザラなのか……。
けど、ありがとう。あなたが見てくれるおかげで俺にも少しばかりマネーが入ってくる。ぐへへ。いやいや、そうではなく。
「……そんなに……このモブ陰って人の声が好きなんだ……?」
「うん。大好きだよ。……誰かさんと声そっくりだし」
「へ? 最後なんて言った?」
「えへへっ。何でもないっ。そんなことより、ほらほら、声聞いてみー。君とそっくりだから」
まあ、本人だからね(n回目)
アーカイブが再生され、俺の声が京川さんのスマホから流れ出す。
何度も言うが、本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい。そして、しばらくそこから出ないでいたい。恥ずかしすぎるから。
「良いと思わない? 良いよね? モブさんしか勝たんってならない?」
ならない。なぜならこれは俺自身だから!
なんてことは言わず、精いっぱいの作り笑いを浮かべ、「マジそれな」とテンション低めに返した。
すると、謎に吹かれる。
「ここまでテンションの低い『それな』って初めて聞いたw ほんと笑える、中臣くんw」
笑うってのも『嘲笑する』の間違いだろ。陰キャ乙ってさ。
「そういうところ、私好きだよ?」
「だろ? そうだと思った――って、……え?」
疑問符を浮かべると、京川さんはクスクス笑って、
「なーんてっw 冗談冗談w 冗談だから真顔で見つめるのやめてーw」
とまあ、いつもの調子でそう言う。
ちくしょう。一瞬告白されたのかと思った。体中の血液が凍ったぞ。一瞬だけだけど。
「……そ、そっちこそ変なこと言うのやめてくれよ。普通にドキッとするわ」
「ドキッとするんだw」
「当たり前だろ? ……そ、その……京川さん……見た目は普通に可愛いんだから」
「……ふぇ……?」
ビタッと固まる京川さん。
そして、ジッとこちらを見つめ、「本気で言ってるのか」とでも言いたげに目を見開いてる。
俺はハッとした。
自分が何を言ってしまったのか、時間差で気付いたのだ。
慌てて訂正を図った。
「も、もちろん見た目だけね……⁉ 見た目だけ! 見た目だけは……可愛い……みたいな」
「…………そ、そか……。あ、ありがとうっ……」
「っ~……」
そこは「性格は良くないみたいな言い方しないでくれない!?」くらい言って欲しかったんですが……!
なんか普通に喜んじゃってるし、幸せそうに頬を緩ませてニヤニヤしてる。
……か……可愛い……。
「ご、ごほんっ! じゃ、じゃあ、ちょっと話は戻るんだけどさ!」
ぎこちなく咳払いをし、話題を変える。このままだとおかしな雰囲気になりそうだったから。
「京川さんは、このモブ陰って配信者のどこに惹かれたんだ?」
「へ? モブ陰さんのどこに?」
「うん。声が好きってのはわかったけど、それだけ? 他に何かあったりするの?」
「それはあるよ。陰キャなのに頑張って配信盛り上げようとしてるとことか、誰にでも優しいとことか、理解力が結構あるところか、雑談力高めなとことか、卑屈自虐ギャグもすっごく面白いとこ。他には――」
「ストップ。ストップ。もういい。わかった。多いよ」
「えぇー! いいところまだまだあるよ? 全然言えてない」
そ、そうですか……。
どうでもいいけど、俺は京川さんの顔が見れない。理由はもう言うまでもないが。
「とにかく、私はモブ陰さんの全部が好き。それは、誰かさんと何から何まで似てるから」
「っ……!」
小悪魔なニヤニヤじゃなく、屈託のない笑顔を俺に向けながら言われ、俺はたじろぐしかなかった。
その言葉、もうほとんど告白に近い気がする。
それをこの子はわかって言ってるんだろうか。
いや、絶対無意識に出た言葉だ。
ただ、それゆえにこの言葉は彼女の本音であり、事実だとも思えた。
顔が最高級に熱くなる。
だったら俺は……いったいどうしたら……。
困惑してる最中だったが、ここで昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。
そろそろ教室に戻らないといけない。
「残念。今日はここまでだね。色々話し過ぎちゃったw あんまり配信アーカイブ見せられなかったよ」
「……いや、充分」
「へ?」
「充分だよ。充分見せてもらった。色んなとこ」
顔を抑えながら言う俺に対し、京川さんは小首を傾げるばかり。
覚悟、決めないといけないのかもな。俺も。
そう思いながら、教室へ戻る最中、隣を歩く彼女の顔を俺は見ることができなかった。
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