第5話 推しの配信者さんに撫で撫で

 翌朝。


 眠たい目を擦りながら登校し、席に着くと、さっそく京川さんが俺のところへやって来る。


「おはよっ。中臣くん」


一見普通の挨拶のように思えるが、気を抜いちゃいけない。


彼女のこの表情……からかうのを心待ちにしてたってとこだろうか。


 本当に朝早くから元気ですね。こっちは昨日の夜、どっかの誰かさんに遅くまで付き合わさせられて寝不足だってのに。


警戒心を高めつつ、「おはよう」と返しておく。さあ、今日はどんなやり方で俺を翻弄するつもりだ。


「ねぇねぇ、中臣くんさ、生配信って知ってる?」


「っっっ!? え……!? な、なな、なま生、生配信……!?」


「うん、そう。生配信。……ってか、っぷふふっ……(笑) ただ知ってるか、って聞いただけなのに、どーしてそんなにキョドるの? なんかやましいことでもあるとか?」


「……! な、無いっ……! そんなの……い、一切!」


「ほんとかなぁ?(笑)」


「ほ、ほんと……! ほんとだよ……! 神に誓う……!」


「生配信自体は知ってるんだ?(笑)」


「それは……まあ……」


「ねへへ~(笑) ふ~ん、そっかぁ~(笑)」


 くっ……! たっのしそうにニヤけおって……!


 しかし、京川さん。なんでいきなりこんな質問俺にしてきたんだろう……?


 ま、まさか……。モブ陰が俺だということに勘付いて、本格的に探りを入れてきたとか……? あるいは、前々から俺がモブ陰だってことに気付いてて、単純に面白がってからかいに来たとかか……?


 どっちにしても最悪だ。冷や汗が止まらない。朝からなんでこんな展開に……!?


「まま、いいや~。あのね、私、最近スイキャスって配信アプリにハマっててさ。こんなのなんだけど」


 言いながら、にゅっとスマホを出し、俺に画面を見せてくれる京川さん。


 ただ、俺はこの人がスイキャスを利用してるってことなんて知ってるので、表では「へぇ」と言いつつ、心の中では「知ってます」と呟く。


 右上のアイコンは見慣れたもので、ユーザーネームが【はづき】となってた。やっぱりはづきさんは京川さんなのだということをここで再認識。


いつも配信に来てくれてありがとうだ。そこだけは感謝する。


配信上の相談枠で「好き」って言ってくれてるのは、本当かどうか怪しくて仕方ないから、ここに関しては何も言わないでおくけども。


「もーね、寝る前とかずーーーー……っと観てて、寝不足不可避って感じなんだぁ。一度観始めちゃうと止まらないんだよね」


「なるほど。でも、睡眠はちゃんととった方がいいよ」


「そんなママみたいなこと言わないのっ」


 そう言って、俺の頭をポンポンと撫でてくる京川さん。


 平静を装ってる俺だったけど、こういう些細なボディタッチがドギマギを加速させる。


 や、止めて欲しい……こともないけど、ひ、控えて欲しいなぁ!


「面白いんだから仕方ないよ~。特に推しの配信者さんが配信してたりすると、観るの確定!」


「推しの配信者……」


「うん。見る? 私の推しさんどの人か」


「い、いや……」


「いいよ。見せてあげる。中臣くんには特別」


 簡単に特別って言葉も使わないでくれ……。童貞男は勘違いするし、そういうのに弱いんだから……。


「はいっ。この人っ」


「…………スゥゥ…………」


 案の定、スマホ画面に表示されてたのは【モブ陰】という煌々たるお名前だった。


 騙されるな騙されるな騙されるな騙されるな。


 俺なんかを京川さんが好きになるはずない俺なんかを京川さんが好きになるはずない俺なんかを京川さんが好きになるはずない。


「も、モブ……いん? 読み方は……な、なな、なんて言うのかなー……?(棒読み)」


「ふふっ。『もぶかげ』って読むんだよ。モブ陰さん」


「ほ、ほぇー……」


 や、やば……お、俺もうこの状況に耐えられない……。拷問? これ拷問?


「この人ね、普段からすっごく陰キャラで、そのくせ一つ一つ言うことが面白いんだ。今からでも中臣くんに配信アーカイブ見せてあげたいくらいなんだけど、さすがにここじゃ音とかもよく聞き取れないよね。残念」


「ソ、ソウダネ」


「んー、どうにか見せてあげられないかなぁ…………あ、そうだ」


 ぴこんっと何かひらめいたように目を輝かせる京川さんだが、俺は嫌な予感しかしなかった。


「今日の昼休み、中臣くんまたぼっち飯だよね?」


「……ま、まあ」


「ご飯、一緒に食べよ? その時見せてあげるからっ」


「え」


 嘘……だろ?


「そこでモブ陰さんの魅力もいっぱい教えてあげる。これもまた、中臣くんにだけだからね。えへへ」


 えぇぇぇぇぇぇぇぇ……。


 即刻お断りしたかった。


 お断りしたかったのだが、これはある意味チャンスとも捉えられる気がした。


 ここでしっかり彼女がモブ陰に対してどう思ってるのか、モブ陰に対してどんな相談などしてるのかを聞けば、京川さんの本当の気持ちが引き出せる! ……気がする。


 だから俺は、死ぬほど嫌ではあったものの、それを了承した。


 あと、どうでもいいけど俺の頭をわしゃわしゃするの止めて欲しい。


 何なの、京川さん。


 今日は俺の頭やけに触ってくるんですが。


「にぇへへ……しゅk――はっ!」


 そして、何か言いかけて一人でハッとし、そそくさと退散していった。


 本当に何なんだ……。

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