第4話 配信仲間のみかんさん
その日、俺はなぜか懐かしい夢を見た。
幼稚園の時から小学校四年生の時くらいまで、俺の家の隣に住んでて、よく遊んでた女の子なんだが、その子が突然夢に出てきたのだ。
名前もちゃんと覚えてる。ナツミキカンナちゃん。
離れ離れになった理由としては、確か彼女の両親が離婚して、引っ越すことになったからだったはず。
小学校四年生だった当時の俺は、カンナちゃんの両親が離婚したことによって、どうして引っ越しまでしなければならないのか、と泣きじゃくったものだ。カンナちゃんも泣いてた。
それで、俺たちは別れ際に「絶対また会おう」なんてありきたりなセリフを吐き、離れ離れになったわけだが、会えそうな気配もまるでなく、今に至る。
恐らく、今後も続く人生の中で、彼女にはもう会えないのだろう。
カンナちゃんとの記憶は、俺の心の中の奥底にしまい込まれ、ほこりを被ってる。
早いところ処分……って言い方も過激だけど、忘れた方がいい。その方が、変な感傷に浸らなくて済むから。
――とまあ、そんなカッコつけたようなことを考えるものの、久しぶりに彼女の夢を見てしまった件。
いやぁ……なんでなんだろう。
小学生の時まではちょくちょく見てて、中学に入った頃からめっきり見なくなってたのに。不思議だ。首を捻らざるを得ない。
「――ってことなんですけどね、みかんちゃんさん。最近俺の周り、謎に事件続きで……」
「うーん。そうだね。早いとこ一つ言えるのが氏ねってことくらいかな」
「ですよねぇ。なんでこんなことが立て続けに――って、えぇ!? ちょ、今なんて言いました!?」
「氏ねって言った。氏ね、小童」
「な、なんでぇ!?」
ビデオ通話越しにいきなり暴言を吐いてくるこの人の名前は、みかんさん。
正式名称、【青いみかんちゃん】。
俺の一つ年上の高校二年生で、萌え声配信とドS声真似配信を得意としてるスイキャス生主だ。
女の人だけど、何だかんだコラボしてる回数はこの人が一番多くて仲がいいから、こうしてたまにビデオ通話もする。
ただ、俺はバッチリ顔を出してるのに、向こうは謎の般若面を付けて喋ってる。
ズルいですよ、と言ったら、「後輩が先輩に口出しするな」と一蹴された。
俺とこの人は、だいたいこんな関係だ。男女だからってラブな空気とか、そういうのは一切ない。
ただの同業者って感じだし、彼女にとって俺はドS欲を発散するための駄犬、あるいは下僕みたいなもんだと思う。今もこうしてダラダラしょうもないことで雑談してるだけだ。
「ひどくないですか? 何なんですか、いきなり。みかんちゃんさんが『適当に最近の悩み事話して。お悩み相談枠の練習したい』って言ったから身の上話をしただけなのに」
「悩み事を話して、とは言ったけど、リア充アピールをしてとは言ってない。あと、さっきから言ってるけど、『みかんちゃんさん』って呼び方やめろ。長いし、くどい。腐ったミカンと呼ぶがいい」
「それ、あんたの前の配信者名じゃないですか……」
「関係ない。しゅーせーのリア充話聞いて病んだ。メンヘラ発動だ。今の私に近付くな? 火傷するぞ?」
「はぁ……」
ファイティングポーズを取り始めるみかん女を見て、俺はわざとらしくため息をついてやる。
そうだ。この人には俺の本名も割れてる。メールで動画のやり取りをしてる時、思わぬ拍子にバレてしまったのだ。
当然俺はみかんさんの名前なんて教えてもらってない。相変わらずのアンフェア。理不尽女ここに極まれりだ。
「そうは言ったって、大抵通話の誘いとかはみかんさんからじゃないですか。俺、今日はもう配信休みにしてますし、早めに寝ようと思ってたんですけど?」
「私も今日は配信休みだ。暇だったから玩具で遊ぶことにした」
「俺、あんたの玩具なのかよ……」
「噛んでも噛んでも味が無くならないガムってとこだな、しゅーせーは」
「玩具かと思えばガム……」
「いや、サンドバッグか? ゾクゾクするんだよな。罵った時の反応が毎回可愛くて。高性能お喋りサンドバッグってとこか……」
「あの、自問自答しながら俺を人じゃない何かにさせてくの、止めてもらっていいですかね?」
サンドバッグだって反抗できるんだってこと、いつか教えてやりたいこの人に。ちくしょう。
「まあ、何でもいいですけど、最近の俺の悩み事って言えばそんなところです。みかんさんは何かないんですか? 悩み事」
「……私、か……」
「はい」
「お前にスパチャ送りまくって金欠なこと?」
「それは今すぐやめれ。あいにく、今月もあんたが俺の枠のトップサポーターですよ」
「ふふっ。そうか。誰も私には勝てない。くくく……」
「くくく、じゃないよ。送ってもらっときながらこんなこと言うのもなんだけど、俺はあんたが心配でしょうがないですよ。俺たち、まだ高校生ですよ? いったいどこからそんな金が出てきてるってんですか?」
「配信収益」
「んなこと言ったって、月三十万なんて――」
「大丈夫。その十倍は月で稼いでるから」
「あ、あぁ……そうですか……」
そんなことを言われてしまえば、俺としてももうどうしようもない。
さすがは萌え声系の上位配信者と言うべきか。
この人の枠、特にメンバー限定の配信には、信者という名の奴隷豚たちがわらわらいるからな。
みんな、気持ちよさそうに「ブヒィィィ!」とコメント欄で鳴いてる。世の中には濃ゆい癖を持った人もいるもんだ。
「どうでもいいけど、しゅーせー。私のことはいいよ。悩み事とか、その…………あんたと話してたら……消えてくし」
「ん? 今、なんて言いました? 最後の方聞こえなかったんですけど」
「い、いや、気にするなって言ったんだ。私は、お前の話が聞きたかっただけだから」
「おぉ……。なんかそう言われると配信者としては嬉しいです。珍しくみかんさんに褒めてもらった」
「……褒めるのはいつも褒めてるじゃん……ばか……」
声のトーンを少しばかり落として言うみかんさん。
俺は苦笑し、部屋の中の掛け時計を見る。十一時か。
「よし。なら、そろそろ俺寝ます。明日も早いし、日々悩み事が尽きない人間なので」
「え。もう? 早くない?」
「早いって言ったって十一時じゃないですか。眠たくないですか? ちなみに俺は眠たいです」
「え~……もぉ~……」
「また明日、配信するんで。その時来てくださいよ」
「明日は枠被り。私も豚たちに声届けてやんなきゃだし」
「それなら仕方ない。では、おやすみ」
「仕方ないな~。あ~、病むよこれは~」
みかんさんの言葉に俺が笑うと、彼女もクスッと笑った。「冗談」と。
「なら、また聞かせてよ。しゅーせーの悩み事。聞いてるだけでも面白いから」
「人の不幸は蜜の味ってことですか」
「ノンノン。そういうわけじゃない。単純に聞き役に徹してあげるってだけ。しゅーせーが私にしてくれてたみたいにさ」
「だいぶ前の話ですね、それ。もう忘れてくれていいのに」
「忘れるわけないじゃん。私、それで普通に救われたし」
「大袈裟ですよ……」
「全然。じゃ、そういうこと。いい夢見なね。おやすみ」
「はい。俺も、ありがとうございました」
言って、手を振り合いながら俺たちはビデオ通話を切った。
シンとなった部屋で、暗転してるタブレットPCを眺める。
「…………救われた、か…………」
ぽつりと一人で呟き、その言葉に浸ってると、唐突にスマホのアラームが鳴り響く。
俺は心臓が止まるくらいびっくりし、思わず椅子に座ったまま飛び上がった。
「何だってんだ……」
急いでアラームを止め、静かにさせる。
すると、通知欄に一つ。メッセージが来てた。
はづき:『おやすみ。あ、もしかして女子からおやすみメッセもらうの初だったりする?(笑)』
「はぁ……」
ため息をつく。
別に初じゃないわい。……奇跡的にな。
俺はすぐに京川さんへ怒ってる風なスタンプを送り付け、ベッドに入った。
そこからまたさらにメッセージが届きまくり、結局寝たのが深夜の二時頃になったのはここだけの話だ。
やれやれである。
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